*須佐
学校には一応、遅刻ギリギリのところで間に合ったけど………
「…何か変じゃないか?今日の教室……」
「だな…」
クラス全体がうるさかった。…と言うより、はしゃいでいた、と言う方が正しいのか…?
俺は前の席に座っている男子に尋ねる。
「なんか今日、皆やけにテンション高いけど、どうしたんだ?…もしかして新刊のエロ本でも販売されたか?」
「…エロ本って……、お前じゃないんだからさ…。今日、転校生が来るんだよ。美女と美男なんだってよ」
……美男はともかく…
「美女っっっ!!??マジかっ!!やったな、このクラスに薔薇が咲いたぞ!」
俺は"美女"と聞いただけで反応してしまう男だ。…いや、世界中の男は皆そうなのか?
「まぁ、俺も美女には興味があるな。…黒髪ストレートとかだったらドストライクだし…」
前席のヤツが話し掛けているのを聞き流しながら俺は、ふと昨夜の事を思い出していた。
――美女…
そう言えば、カッツァーネ・テイトさんも相当な美女だったな… あの紫色の髪をした、不思議な雰囲気をかもし出していた美少女……
「お~い、京極!!聞こえるかぁ~?」
突然目の前に男子生徒の顔が現れる。
「わっ…!!」
思わず仰け反ってしまう俺。
「失礼なヤツだなぁ~、全く。…俺が熱く語ってやろうとしてたのによぉ…」
……うわぁ、正直どうでも良い…
その男子―前席に座っている男子は、「じゃあ、今から俺が"真の美女"について、熱く語ってやろう」
と言って、又独りでに語り出した。
まぁ、俺がそいつの話を聞いていなかったのは当然の事だ。
そいつの話が終わる前に、教室のドアが開き、担任の声が聞こえた。
「今日は大事な話があるから、早く静かにしろよー」
クラスがだんだん静かになる。
担任は、「よし」と言って、まだ開いているドアの方に顔を向けた。
「入って良いぞ」
その一言で、クラスメイト全員の視線がドアの方向に注がれる。
カツカツと、高いヒールの音と共に現れたのは…
「………っ!!!???テイトさんっ!!」
紫色の髪をし、青い相貌をもった美少女…カッツァーネ・テイトさんの姿がそこにあった。
テイトさんは、ちらりと此方を見て、すぐに視線を逸らした。
……なんか、悲しい…かも…
少し…本の少しだけ俺の心は傷付いた。
次に部屋に入って来たのは、噂通りのイケメン男子だった。
そのイケメンは、癖の無い黒髪で、常に微笑んでいる。
……オーラもバリッバリ日本男児…
それが俺の第一印象だった。
「…じゃあ、自己紹介からしようか。はい、2人共、順番に自己紹介してって」
担任が近くの椅子に腰掛けながら言う。
まず最初に動いたのは、テイトさんだ。
テイトさんは、黒板の前に立ち、自分の名前を書き始めた。
『カッツァーネ・テイト』
その名前に嘘偽りはなかった。
「…カッツァーネ・テイトよ。以後お見知りおきを」
……氷の女王かよ
テイトさんは笑顔など一つも見せずに、軽く会釈をし、すぐに黒板の文字を消した。
その様子に男子全員、釘付け状態だった。
「うおぅ、氷の女王だっ」
「あの冷たさが逆に痺れるよなっ」
「あぁ…、隣の席に座りたいっ」
小声で話しているつもりだと思うのだが、全て丸聞こえだ。
…テイトさんも聞こえてるんだろうな…
次にあのイケメンが黒板に文字を書き始めた。
『菊川 忠義』
……うわぁ、名前まで日本男児…
「…僕は菊川忠義と言います。これから宜しくね?」
イケメンは自分の名を名乗った後、クラスメイト全員に、イケメンスマイルをお見舞いしてきた。
女子の方からは黄色い歓声があがるが、男子の方からは泣き声があがる。
……あぁ、モテない男子諸君よ…。良くわかる。お前達の気持ちは良くわかるぞ…!!
何しろ俺も、彼女居ない歴17年だからなっ!!!
…などと、俺も密かに心の中で泣いていた。
―昼休み―
結局テイトさんの席は俺の隣になった。
…イケメンの席?そんなもん知らねぇよ。興味が無いからなっ!!
少しお疲れ気味の俺の目の前に、イチゴオレが差し出される。
「大分疲れてるみたいだな」
…紀だ。
「あぁ…。もうくたくただよ」
俺は長いため息をついた。
紀は苦笑を浮かべ、
「そう言えばお前、あの転校生の事知ってたの?」
イチゴオレを飲みながら聞いてきた。
……テイトさんの事か
「あぁ…。なんか…知ってた」
「なんかって何だよ」
「なんかはなんかなんだよ」
「…相変わらず、よくわからねぇ~」
紀は又もや苦笑を浮かべた。
……綺麗な顔
「…紀って、やっぱイケメンだよな」
「…はっ!?」
…なっ…、口が滑った!!
紀は飲んでいたイチゴオレを吹き出した。
「いゃ…あの…さ、今日入ってきた男子より充分イケメンだと思ってさ…」
…何言ってんだよ、俺っ!!勘違いされちゃうって!!
「…っ。それは無いよ」
紀は何処か遠いところを見るかのように、天井を仰いだ。
「あの人…菊川君は本当に綺麗な顔をしてた。あれこそ真のイケメンだよ」
……紀、なんか悲しそう…
「…紀」俺は紀の名前を呼ぶものの、何と言っていいのかわからなくて黙ってしまった。
昼休みも終わり、午後の授業開始のチャイムが鳴る。
今の季節が春だからというのもあるかもしれないが、非常に眠たい。
…特に俺なんかは窓側の席だからな……
まぁ、テイトさんもか
「…じゃあ、この問題を……テイト。…解けるか?」
科学分野の難しい問題を当てられたテイトさん。
…あんなの解けたら凄いって……
「はい」
……って…、え??
返事をするとテイトさんは、黒板の前に立ち、難しい数式を書き始めた。
「……っ」
紀はその式を見て、瞳孔を大きく開いた。
…紀が……あの紀が反応した!?
「……正解!」
先生はテイトさんが書いた数式に赤で大きく丸をうった。
「…マジかよ」
俺は席に戻ってきたテイトさんの方を見たが、相変わらず無愛想に前だけを見ていた。
帰り道、俺は紀を慰めていた。
「大丈夫だって。俺は紀の方がイケメンだと思うし、テイトさんよりも紀の方が充分頭良いって」
……自分が負けた事をここまで悔やむヤツだったなんて知らなかった
「…お世辞か…。それでも嬉しいよ、有り難う…」
微笑む紀だが、その言葉に元気は無い。
……っ
「…て言うか、雅也ってイケメン嫌いじゃなかったか?…まぁ俺はイケメンにはなれなかったけど…」
「…そんなに落ち込みなよ。大丈夫だ、俺は何時でもお前の味方だから。…紀以上にすげぇヤツなんて居ないって!!」
俺は紀の肩に手を置いた。
……少しでも紀の気持ちを楽にさせてあげたい…
それが俺の望みだった。
紀とは小さい頃からよく遊んでいた。
いわゆる"幼なじみ"ってヤツだ。
紀の家はとても厳しく、何時も紀は泣いていた。
…だからわかるんだ。今の紀は泣きたいくらい悔しんでいることを…
……誰よりも負けず嫌いだったから。
紀は俺の方を向き、静かに微笑んだ。
「…有り難う。雅也だけだ、俺の支えになってくれるヤツは…」
「………っ」
今にも泣きそうな顔で何言ってんだよ…
紀はそう言うと、俺に別れを告げて、家へと続く狭い路地へ入っていった。
俺はその力の無い背中を只々見守る事しかできなかった。
「ただいま~」
家に帰ってきた時は、まず挨拶。
いくら俺だって、これだけはちゃんとやってるぜ。
暫く遅れて「おかえり」という声が聞こえた。
その声を待つ前に俺は二階の自分の部屋へと向かっていたのだけど。
静まりかえった俺の部屋。俺は無意識の内に部屋の隅を見た。…また、あの光に包まれないか、と思って。
変化は無い。埃も無い。…綺麗だ。
「…ん、綺麗?」
…おかしい。実におかしいぞ。
俺は今朝、バタバタしていて脱ぎ散らかしたまま部屋から出ていった筈だ。
基本母さんは俺の部屋には入ってこないようにしてるらしいし、何時も俺は学校から帰ってきた後、自分で掃除している。
……なのに今日は…
「…部屋が全体的に見ても綺麗すぎる……」
本当に綺麗すぎるんだ。
まるで俺の部屋が輝きを放っているかのように。
俺が部屋中を見回すと、ある事に気付いた。
「……………ない」
…無かった。俺の命よりも大切なアレが…!!!
「俺のエロ本が無ぁぁぁぁぁぁい!!!!」
叫んだせいか、下の階から母さんが階段を上がってきた。
ノックをしてから入り俺を見て、呆れたように言う。
「急に叫ぶから何かと思ったら、そんな事で…、訝しげな本ならさっき彼女さんが来て全部捨ててきますって言ってたわよ」
……そんな事って…、俺には生死を分ける大事な事なんですけど…
………って、ん??
彼女??今、彼女って言ったよね??
「…あのさ、今、彼女って言った?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「ええ。…だってあの子、雅也の彼女でしょ?礼儀正しくて良い子だったわ。…良い子を捕まえたわね」
……………えぇぇぇぇっ!!!!!!?????
母さんはそう言うと、特に用事は無いから、と言ってまた下の階へ下りていった。
母さんの居なくなった部屋で俺は力なく座り込む。
……彼女…
俺に彼女…………
彼女居ない歴17年だぜ?
ドッキリか何かだろ、絶対…
俺をからかうのもいい加減にしろよな
大体人の恋心を弄ぶなんて最低なヤツがやる事じゃん
クズだな、クズ。人間のクズだ
…よし、もしそいつが俺のお宝(エロ本)を捨てて戻ってきたら、一発殴ろう
…うん、それがいい。そうしよう
………などと考えている内に、母さんよりも軽めな足音が聞こえてきた。
……彼女擬か…
俺の作戦はこうだ。
その彼女擬が部屋に入ってきた瞬間、すぐに俺の右ストレートがそいつの顔に…あ、でも一応女の子だから、顔は止めよう。…そいつの鳩尾に一撃入る!!!!
その瞬間、俺の勝利だ!
そうこう考えている内に、彼女擬の足音がピタリと止まる。
……ガチャ…
ドアノブに手を掛け、ドアを開こうとしている。
……よし、来たぞ!!
……ガチャンッ
「必殺!雅也'sトルネェェェード!!!!!!!」
…ガンッ!!
「………っ!!??」
ドアが開き、俺が"必殺!雅也'sトルネード"を決めようとした時、俺の拳は何か固い物に当たり、跳ね返ってきた。
痛みは無い。
「……っ!!!」
そして、前に姿を現した、彼女擬の顔を見て、俺は言葉を失った。
「………テイト…さん」
そこには紫色の髪を靡かせた美少女が立っていた。
……緊張する
俺は今、生まれて初めて彼女とお食事をしています。
彼女の名は、カッツァーネ・テイト。俺なんかには勿体無い美少女です。
「そんな事ないわ」
「…え」
「余計な事なんか考えないで、しっかりご飯を食べなさい」
「…う、ハイ」
…今、テイトさん俺の考えていた事を見透した?
…いや、まさかな
俺は今日から"彼女(仮)"になるテイトさんと、同居する事になった。
…まぁ、この世界でここ以外にテイトさんの居場所は無いから仕方が無く来ただけかもしれないけど… それでも嬉しかった。
たとえテイトさんが本当の彼女じゃなくても。何時か(仮)が取れる時を待とうって思えた。
………完全に自分に酔ってるな
テイトさんの同居について、母さんは賛成だった。
「だって、今まで彼女なんて…女の子の気配すら全然無かった雅也が、ついに彼女を作ったのよ?しかも美人だし。同居なんて大歓迎よっ!!!」
…だそうだ。
酷いよな。何気に俺の事を貶してる。…まぁ良いけど。
こんな母さんに対して、父さんは大反対だった。
「まだこんなに若い内から同居なんて…。子供のするような事じゃないだろ。もっと現実を見ろ」
…だとさ。
何なんだろうな、この違い。
父さんの発言にはさすがに困ったよ。…何しろテイトさんには、この世界で居場所なんて何処にもないんだからな。
だからと言って、テイトさんの秘密なんて言えないし…。言っても信じてもらえないだろうしな。
「ごちそうさまでした」
食べ終わったテイトさんが、食器を洗い場まで運んで行った。
俺も急いで掻きこむ。
「ごちそうさまっ」
急いで食べたせいか、少し咳き込みながらも俺は食器を片付ける。
「食後のデザートは…」
母さんが俺たちに苺を差し出してきたが、
「後で俺の部屋に持ってきて!」
俺は話を遮り、テイトさんの手を引っ張って自部屋へと向かった。
「ふぅ~、食べた食べた」
俺はベッドの上で伸びをしながら独り言のように呟いた。
テイトさんは黙って正座をしたままだ。
俺は思い切ってテイトさんに話しかけてみた。
「…テイトさん」
「何かしら?」
「…テイトさんは何で此方の世界に来たんだ?」
俺は今一番疑問に思っていることを聞いてみた。
テイトさんは目を瞑り、
「…そうね、いずれかわかるわ」
一言言うだけだった。
「いずれって何だよ!!何時の事を言ってんだよ!!」
口調を強める俺に、
「今は別に言う必要は無いわ」
冷静に言葉を返してくるテイトさん。「……何だよ、ソレ」
俺にはまだ早いって言ってんのか?…俺を見下してんのか?
「……見下してなんか無いわ。只そんな事言っても必要無いって言ってるの」
「……っ!!!」
…また心を見透かされた…!?
テイトさんは呆れ顔でフッ、と笑い、言った。
「見透かす…?えぇ、私には貴方の考えが全てわかるわよ。…だって私と貴方は……」
……?
テイトさんはそこで、一端話す事を止めた。
「まぁ良いわ。まずはちゃんとした自己紹介からしないとダメよね」
……えっと…、やっぱり言ってる事がよくわからないんだけど…
俺の心が読めるのなら、今俺が戸惑っている事も知っているのだろうけど、そんな事お構い無しにテイトさんは話を続ける。
「私の名はカッツァーネ・テイト。女神よ」
…………は?
何が言いたいんだ、この人は?
頭が狂ってんのかな?
「失礼ね。私は女神なのよ。こんな事に嘘をついてどうするの?本当の事を言っただけよ」
テイトさんは目を吊り上げ、此方を見てくる。
……怒っても綺麗だな
そんな邪な考えをしていたら…
……ギンッ
突如テイトさんの右手に長い剣のような物が出来てきた。
………え、ちょっ…、ソレ、何スか?
冷や汗が流れる。
テイトさんは笑顔で答えた。
「邪な考えをしてはダメよ?…私が鍛え直してあげる」
………ま、マジすか?
「…用意は良い?」
…え、え…、えぇぇぇぇっ!!!???
俺は光の剣に貫かれて――
「……あれ…、痛くない」
痛みを感じなかった。
恐る恐る目を開けてみると…
「ぅわっ!!」
目の前に剣の剣先があった。
テイトさんは、面白そうに、ふふ…と笑うと、俺に向けて微笑んできた。
「次回は刺すから」
………ギャァァァァァァッ!!!!満面の笑みで何て恐ろしい事言ってんスかぁぁぁぁぁぁあっ!!!
俺は半泣き状態だ…
――と、
ポンポン…
「…っ!!!」
テイトさんが俺の頭を撫でてくれた。
「大丈夫よ、安心しなさい。私は貴方を殺さない。…殺す事が許されない…」
また…、まただ。また意味の判らない事を言ってる。
「…良いのよ。その内気付く筈よ。…もし気付かなければ、私が気付かせる」
……えっと…
「…貴方の正体が何なのか…、貴方なら自分で気付ける筈よ」
……俺の…、正体?
何が言いたいんだ。…俺は俺だ。他に何が― そう言えば、テイトさんに初めて会った時、彼女は俺の事を"パートナー"って言ってたっけ…
「そうよ、パートナーよ」
テイトさんは澄まし顔で答える。
「…えと、テイトさんは女神なんですよね?」
「えぇ」
「じゃあ…、単刀直入に言います。…"女神"のパートナーって、何なんですか?」
真剣な瞳で見る俺に、テイトさんは少し動揺した。
そして静かに口を開く。
「…それは貴方自身が確かめる事。私は暫く様子を見守るわ」
………見守るって…
「心配しないで?私と貴方は繋がってる。…貴方は私の……主だから」
テイトさんは目を逸らし、何やら俺の正体に関係ありそうな事を言った。
………女神の主って何だ…?
…と、テイトさんが立ち上がった。
「夕飯…。もうそろそろじゃないかしら?」
俺は今、猛烈に興奮している。
俺の部屋で…、カーテンの仕切りを挟んだ向こう側から寝息が聞こえる。
………ヤベェ…、最高…!!
テイトさんが一つ屋根の下で一緒に暮らす事になってから1日目…
初日だと言うのに、何でこんなに興奮しちまうんだよ!!
俺は、いけないとわかっていながらも、仕切りとなっているカーテンへと手を伸ばす。
仕方ないだろっ!!
だって、年頃の男の子なんだもん!!
思春期の男の子なら、俺の気持ち分かるよな?
などと一人で考えながら、ゆっくりとカーテンを開けていく。
……ごくり
俺は生唾を飲み込んだ。
覚悟は出来ている。
もしテイトさんが目を覚ました時の言い訳の仕方だって、考えてある。
こう言えば良いんだ。
『あ、ゴメン。トイレ行こうと思っててさ、立ち上がったらカーテンが開いちゃったんだ』
……うん、完璧。
我ながら良い出来だ。
……よし、準備は整った。後はこれを実行するのみ…!!
ドクン…ドクン……
鼓動が全身に響きわたる。
…ヤベェ、手汗ハンパねぇっ!!
緊張のせいか、俺の手はべちょべちょだった。
手だけじゃない。額からも冷や汗が流れ出ているし、背中だってパジャマがくっつくくらいに汗が出ている。 男子校生の皆さん、いよいよお待ちかねの、美少女の寝顔公開ですよ!
ティッシュの用意はOK?
…え、何でかって?
そりゃあアレだよ、アレ。
美少女――テイトさんの寝顔を見て、鼻血を出しちゃった時の応急処置の為だよ
俺は一回、深呼吸をして…
……ジャッ!!!
カーテンを開けた!!
テイトさんはまだ寝たままだ。
…さぁさぁ、男子校生の皆さん、いよいよ美少女の寝顔が拝めますよ。
俺は知らない内に(←ここ大事ね)ニヤけた顔をしながら、寝ている美少女の枕元へと歩み寄る。「…ん、ぅん…ん」
…………っっっ!!!?????
何コレ何コレっ!!
マジヤバいっ!!!
ちょっとテイトさん、誘ってるんスか?
そうっスか、そうっスか、貴女がそういう気なら、俺も遠慮なく…― 俺が唇を突きだし、テイトさんの唇へとくっつけようとした瞬間―
………ドスッ
……ん?
俺の体に何やら固いものが突き刺さった。
よく見たら槍だ。
見事なまでに貫通している。
……え、コレ、ヤバいパターンだよね??
俺、死んじゃうの??
彼女(仮)は出来たけど、彼女(真)はまだ、出来なかったのに!?
俺の夢はどうなるんだよ!
美少女達に囲まれて毎日を過ごすっていう、素晴らしい夢は…!!!
……俺、死んじゃうの…?
…さよなら、父さん、母さん。さよなら、紀…。
……さよなら、テイトさん…
俺は静かに目を瞑った。…もう、この世には戻ってこれないだろうから…
………が、
「…ん?痛くない」
おかしい。
槍が体を貫通しているのに。普通なら例えようもないくらい痛い筈なのに…
よく見たら傷口から血は出ていなかった。
…だが、槍は貫通している。
………どういう事だ?
――と、槍が抜かれた。
痛みは無い。変化も無い。…不思議だけどな
「なんでっ!?なんで死なないの!?」
後ろから聞こえて来た声は少女のものだった。
「なんでよ、なんでなのよ!!」
少女はうつぶせになった俺に、何度も何度も槍を刺してきた。
…ちょっ、いくら俺が痛みを感じないからって、そんな刺さなくても良いだろっ。俺、泣いちゃうよ?
…あ、じゃあキミがそんなに刺してくるなら、俺だって挿しちゃうからね?
………スミマセン。下ネタです。
まぁ、それはともかく…
少女が俺の目の前へと移動した。
俺はうつぶせのままだ。少女と俺は目が合った。
……うわ、めっちゃ綺麗…。…てか可愛い…
少女は12、13歳くらいに見えた。
赤く透き通った少しうねりのある髪が胸の位置まであり、相貌は琥珀色だ。
少女は立っているため、俺を見下ろす状になっている。
…いや、決して今からSMプレイをする訳とかじゃないからね!?
暫く両者無言だったのだが…
「……んん」
「…女神様っ!!」
テイトさんが起きたため、少女がテイトさんの方へと駆け寄った。
俺は静かに後退る。
しょうがないだろう。だって後退らなかったら、確実にテイトさんに殴られるもん。
少女はテイトさんの傍らに付き、俺を睨む。
テイトさんは苦笑した。
……そう言えば、この人人の心を読めるんだっけ…
「大丈夫よ、サーシャ。この御方は私のパートナー。…敬いなさい」
テイトさんの言葉を聞き、少女は目を見開いた。
そして、土下座。
「すみませんでしたっ!!私っ…、貴方方が誰なのかも知らずにこのようなこと…っ」
……え…、えっと…?
「真にすみませんでしたっ!!!」
……うぉぅ…、美少女が土下座…
「とっ…、とにかく顔上げて良いよ?大体俺、そんなに敬われるような存在じゃないし…」
俺が焦りながら言うと、
「なりませぬっ!!顔を上げる…?なんと言うことを!失礼極まりない!」
「…へ?」
俺が気の抜けたような返事をすると、余計に少女の口調が強まる。
「貴方方は、己が何者なのか、判って言っておられるのですか!?」
……知らねぇよ…
「貴方方は、須佐…ぐふっ」
……え?
少女が全て言い終わる前に、テイトさんの拳が少女の鳩尾に入る。
「ダメよ、サーシャ。自分で気付くまで待つと、私は決めたの」
「く……ふっ、わ…判りました」
少女は鳩尾を擦りながら、返事をした。
そして最後に一言。
「これから、貴方様の許で暮らしても宜しいでしょうか?…命果てるまで、尽くしますゆえ…」
………え
結局、少女は俺の家に住み着く事になった。
…まぁ、家事全般やってくれるから、母さんも助かってるみたいだけど。
…だけどさ、だけど。
年頃の男の子の家に美少女が住み着くって…、どう考えてもヤバいだろ…
俺はベッドに寝転び、天井を見上げながら考え事をしていた。
一つだけ、とても気になる事がある。
……須佐…。
"須佐"…その後に何て言おうと思ったのだろう……"すさ"……すさ?
「あー、もう、わかんねぇ~」
俺は大きな伸びをして、寝返りをうった。
サーシャ到来から4日後。―今日は休日だ。
「――まっ、須佐さまっ、起きて下されっ!!」
俺はサーシャの声で、目を覚ました。
時計を見ると、まだ午前4時。
「…もう起きるの?…今日は休日なんだぜ?ゆっくり寝かせてくれよ…」
俺はまた掛け布団に潜り込む。
「ダメですっ!!…今日は須佐さまのパートナーを捜しに行かなければなりませぬゆえ!」
……パートナー?
「俺のパートナーって、テイトさんじゃ…」
「違いますっ」
俺の言葉を遮るようにサーシャが言う。
「あの御方は女神ですが…、西洋の神。貴方方様は……」
言葉を途中で止めるサーシャ。
「…俺は?」
「いっ、いえ、何でもないですっ!!!…とっ、とにかく、女神――アイリス様と須佐さまでは國が違いますっ」
………何だそりゃ。全くわからん…
「…って、アイリス?」
俺は気になる単語を口に出した。
サーシャは頷き、語る。
「アイリス様は、虹の女神の名前です。…カッツァーネ・テイト…。あの御方の名です」
……えっと…、まだ話が掴めないや…
「…つまり、"カッツァーネ・テイト"という名の者は、存在しない…という事です」
「え…………」
衝撃的だった。
本当に、あまりにも衝撃的すぎて、声も出せなかった。
だが、動揺する俺を見てもなお、サーシャは俺の手を引き、
「とにかく日本國の女神を捜しに行きましょう。…アイリス様の詳しい話はその後です」
と言ってきた。
――奥出雲――
「やはり散策は楽しいですねぇ~」
さっきからサーシャはニコニコしながらはしゃいでいる。
…なんか可愛いな
とか思ってしまう俺は、ロリコンなのだろうか…。
………で、
「何でわざわざここまで来る意味があるんだよ…」
最大の疑問はこれだった。…まぁ、俺の家は出雲市にあるんだけど…。わざわざ山奥まで行く理由が判らない。
サーシャは振り返り、
「…ここなら貴方方が誰だか気付くだろう、と思いまして」
と言い、微笑んだ。
くそっ…、そんな可愛い笑顔向けられたら、何も言い返せねぇじゃねぇかっ!!
……あぁ、男って辛いな…
とか、くだらない事を考えていたその時…
「あっ!!」
サーシャが何かを見つけたようだ。
………??
俺も恐る恐る見てみる。
――と、全身黒竦めの一人の男が立っていた。
「…見るからに怪しいだろ、アレ。…ぜってぇ関わりたくねぇー…」
背を向ける俺に、サーシャは叫ぶ。
「逃げる気なのですか!!…須佐さまともあろう御方が…っ」
「………っ」
その言葉に俺は、罪悪感を感じた。
「…けど。だけど俺に何が出来るっていうんだよ…!?」
俺が焦っている間に、男は周りに居た人々を一人ずつ、確実に刺し殺していった。
周辺から悲鳴が上がる。
「…っ。サーシャ!!答えてくれ!!」
俺はサーシャの目を見る。
「……っ」
彼女は少し黙った後、口を開いた。
「…貴方方は己の正体に気付いておられぬ。…ならばこの私が、貴方様を気付かせてあげるまで…!」
……やっと喋った言葉がそれですか…
意味わかんねぇよ…
サーシャは静かに言った。
「あの男――しかと見られよ。…その後、目を瞑られよ…」
……んん??
言っている意味がよくわからなかったけど、一応男を見て、目を瞑る。
その瞬間――
得体の知れない力が、俺を覆う。
力が漲り、無性に体を動かしたくなった。
そっと目を開ける。
「………っ!!??」
―と、そこには今までと全く違う景色が広がっていた。
目の前に居たはずの男が居ない。
変わりに一つの胴体に八つの頭を持った化け物が立ち構えていた。
「…………っ!!??」
俺は言葉を失った。
……こんな化け物、倒せる訳ないだろ…
俺が後退り始めたその時、サーシャがまた叫ぶ。
「貴方方なら倒せますっ!!確実に…っ!!」
…ただそれだけの言葉だが、俺は何故だか本当に倒す事が出来そうな気がした。
右手から力が湧いてくる。
ふと右手を見ると、目映い光と共に、剣のようなものが出来てきた。
そんな俺の変化をよそに、化け物は辺りの店の酒を、休む事なく呑み続けた。
化け物は酔ったのか、まともに歩くことも出来ていない。
――今だ!!!
俺は直感でそう感じた。
気付いた時にはもう、俺の足は地面から浮いていた。
そして―
ズシャァァァッ…!!!!
凄まじい音と共に、化け物の身体は真っ二つになっていた。
右手に持っていた剣は血まみれだ。
――と、俺はある事に気付く。
……この一連の出来事…、どこかで聞いた事が…
そして俺が疑問に思っていた事、全てが繋がった。
俺が何で"須佐"と呼ばれているのか。
何で奥出雲に居るのか。
この化け物の正体は何か――
俺はもう一度、剣に目を移した。
「…俺の考えが正しいなら、この剣は――…"十握の剣"なのか?」
俺の問いかけに答えるように剣が光る。
「…………っ!!!」
…そうなのか…
…なら、あの神話の通りから、この化け物の身体の中には―
俺は化け物の尾先を見た。
――と、
「……っ!!…雨羣雲剣…なのか!?」
俺は化け物の尾先から出てきた剣を手に取った。
なんという事だ…。
じゃあ、この化け物の正体は…
「ほらね、貴方方なら倒せるって言いましたでしょ?…八岐大蛇を」
サーシャは俺の考えていた事を口に出した。
………八岐大蛇…
「…これで気付かれたでしょう?…貴方様の正体…」
……あぁ、気付いたよ。
気付いたさ。
…まだ、信じきれないけど…
俺は今頭に浮かんできた人物の名前を口に出した。
「………須佐之男命」
この一連の出来事が全て正しいのなら、俺は八岐大蛇を倒した須佐之男命という事になる…
サーシャは静かに頷き、
「…アイリス様の許に行きましょうか」
まだ動揺を隠しきれない俺の肩を後押しした。