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猫と兎  作者: 惣山沙樹
再会と過去 reunion/past
12/34

12:実家

 忘年会が続いたせいで、好きな店に飲みに行くことが減り、夕美ともその後会っていなかった。連絡先を知らないから、呼び出すこともできない。高校生のときも、アドレス交換はしていなかったが、毎日のように会っていたから必要なかったのだ。

 そして今年も、実家に同窓会の通知が届いた。年明けにやるらしい。欠席の返事くらい出さないと失礼だ、と波流に叱られたので、母親に頼んで返信しておいてもらった。


 クリスマスは独り身の同期たちと馬鹿騒ぎし、大晦日に実家に帰り、正月は両親と妹と一緒に初詣に行った。弟は彼女と過ごすと言い、帰ってこなかった。僕は旅行に行くわけでもないのに有給を使い、正月休みを長く取っていた。たまには実家でゴロゴロしたかったのだ。


「志貴より理貴りきの方が先に結婚しそうねえ」


 夕食後、茶の間のこたつでテレビを見ていると、母親がそう言いだす。


「うんうん。理貴にぃの彼女、年上のお嬢さんだし、ゴールは早いかもよ?」


 妹の真希がすぐさま加勢してきて、僕はうんざりする。父親は飲み会でいないので、状況は圧倒的に不利だ。それでなくても、我が家の女二人のパワーは強すぎるのだが。


「真希こそ、どうなんだよ」


 僕は精一杯の抵抗を試みる。


「志貴にぃには言わないもん。ね、お母さん?」

「ねー」

「なんだよ二人とも。彼氏はいるってことか?」

「だって志貴にぃ、誰を連れてきても絶対反対しそうだもん。結婚決まるまでは紹介してあげない」

「おい、そんなところまで話が進んでるのか!?」

「ほらほら、もう怒り出した」

「あんたは本当に真希に甘いわねえ」

「今どきシスコンは流行らないよー」


 完全に打ち負かされた僕は、こたつ布団に肩まで潜り込む。もしかして、僕は弟にも妹にも先を越されるのだろうか。大体、二人ともまだ二十代前半なのだから、焦らなくてもいいと思うのだが。


「あんた同窓会行かなくて良かったの?今日でしょ?」

「はっ?」


 どういう順序でその話題が出てきたんだ、と僕は面食らう。うちの母親は、いきなり話が飛ぶことが多い。いや、母親に限らず、最近は真希もだ。女性というのは、歳を取るとみんなこうなるのだろうか。


「別にいいんだよ。面倒だし」

「志貴にぃはそんなんだから彼女できないんだよ。久々の再会で恋が芽生えるかもしれないのにさー」

「うるさい」


 僕はとうとう頭までこたつ布団をかぶる。今年は特に、行きたくないのだ。


 風呂に入って缶ビールを飲み、自室のベッドに寝転がる。とっくに同窓会は終わっている時間だ。波流は今年も顔を出すと言っていたので、また店に行ったときに話が聞けるだろう。そう、陽奈の新婚生活の話とか。

 もう一本ビールを飲むか、と起き上がると、着信が入る。波流からだ。


「もしもし立野くん?今どこ?」

「実家だけど」

「今からうちの店、来れる?」

「行けなくはないけど。どうした?」

「陽奈ちゃんが今、隣にいるの」

「……おいおい」


 なぜ、という思いが頭の中を駆け巡る。どうしてそんな事態になっているんだ。


「説明は後でするからさ、とりあえず来てよ」

「待って、もう少し説明してから」

「陽奈ちゃん、立野くん来れるってさ」

「おい」

「じゃあ急いで来てねー」


 波流はそう言って電話を切る。こいつ、こんなに強引だっただろうか。


「あー、もうっ!」


 僕はベッドに倒れ込み、天井を見上げる。いくらなんでも、急すぎるだろう。しかし、考えている時間は無い。今すぐ準備しないと、電車には間に合わないのだ。僕は考えることを放棄する。

 ギリギリでホームに駆け込み、空いた車内で息を整える。折角風呂に入ったのに、汗をかいてしまった。私服はほとんど置いてきたので、ダウンジャケットに古臭いデニムという、お洒落さの欠片もない恰好だ。髪型に気を配る余裕も無かった。荷物は財布と鍵とスマートフォンだけだ。こんな状態で、心の準備までできているわけがない。

 いや、突然再会するよりもマシか、と思い直す。波流と夕美のときは、前触れすらなかった。それに比べたら、こうして頭を整理する時間があるだけいい。アプリで所要時間を調べると、あと一時間はある。その間に冷静になれる。


 一時間の間に、僕はいくつかの仮説を立てた。波流がなぜ、僕を呼び出したか、ということだ。

 その一。陽奈も波流も、ひどく酔っぱらっている。つまり、その場のノリ。

 その二。人妻となった陽奈は、昔の恋人に会える余裕があり、当時の思い出話でもして楽しみたいと思っている。

 その三。陽奈の結婚相手に何か問題があり、悩んでいる。それで昔の恋人に会いたくなっている。

 正直なところ、一番嬉しいのはその三だ。僕はまだ、陽奈が結婚したという事実を受け止めきれていない。でも、だからといって、どうするんだ?彼女はもう、僕のものではないのに。

 普段は軽い足取りで上る階段。こういう日に限って、街は静かだ。僕は手すりをしっかりと握る。扉の前まで辿り着き、息を整える。

 この向こうに、陽奈がいる。

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