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 病院に何度も通い、MRIと脳波を測定した。頭部に外傷はあるものの、脳に異常はない。その言葉を訊いて安心した。

 警察が何度も家を訪ねてきた。数週間に及んで何度も同じ説明をすることになって辟易とした。訊けば池田真一は失踪届けが出されていたらしい。警察は事件が起きなければ動かないと聞いたことがあるけど、本当にそうなんだなと思った。池田真一は地元の富山に母親が一人いる。もう息子の死も理解できないようだ。現在は介護施設に入っているらしい。

 警察には脅迫状の件だけは伏せておいた。あれはやっぱり戸高さんが書いたものだったからだ。わたしに池田真一探しを辞めさせるためだ。戸高さんの喋っていたことに嘘はなかった。死ぬことになると彼女が言ったのは、星野に殺されるという意味だった。

 ちなみに玄関前に置いてあった石はマヨさんが置いたものだと分かった。彼女なりにストーカーを演じていたのだ。そして石には別のメッセージも隠されていた。一度目は「星」二度目は「野」だ。石が増えていたのはそういうことだった。全く意味が分からなかったと伝えると、マヨさんは照れながらこれしか思いつかなかったの、と言っていた。マヨさんの笑顔を見るのは本当に久しぶりな気がした。

 カッターと黒い車、バイクを破壊したのはどうも星野らしい。カズオミさんも同じことをされた経験があると言っていた。カズオミさんのバイクを見たはずなのに、自分と同じような壊れ方をしているのに気がつかなかったことを悔しく思った。暗号は遥か以前から作っていたようだ。わたしが音楽の学校に行っていたのは運命としか思えない。まるでずっと前からこうなることが決まっていたみたいだ。

 本当はみんなわたしを守ろうとしていてくれたのだ。ワカさんは危険を犯してシフトまで手を加えてくれた。チンさんは嫌われるのを覚悟でわたしにきつく忘れろと言った。

 他にも分からなかったことを確認した。本当はもうこの件は忘れたかったけれど、だからこそ訊こうと思った。

 星野がハイカラに入ったのは、本当は六年前だったらしい。駐車場のおじさんの所で見つけたシフト表は下のほうが途切れていた。本来はそこに名前があったんだろう。

 寿司屋で星野にそのことを報告した時に、彼が妙に考えていたことを思い出した。わたしが嘘をついていないか探っていたのだろう。

 池田真一へのイジメは苛烈を極めていたそうだ。何時間も更衣室で暴行を繰り返し、ぎりぎりの所で生かされていたらしい。それを語った時のケイさんの表情が、その卑劣さを物語っていた。

 わたしの推理は正しかったようだ。監禁されている時にどうにか自分の名前を刻んだのだ。あの壁の文字についても訊いてみたが、知っている人は一人もいなかった。星野だけが知っていたのだろう。片方の潰れた文字は永遠に謎だが、星野がイケダシンイチの文字の方を消さなかったことが彼の異常さを物語っていると思う。

 裏切り者探しだとあの男は言っていたが、あとから考えてみると倒錯した刺激と異常な性癖を満たすための行動としか思えない。新しいターゲットにわたしが選ばれたのだ。最初からわたしを殺すつもりだったのかもしれない。恐らく潰れた文字の方はホシノヒロユキとでも書いてあって、さすがにそれは消したといった所だろう。

 この話をしている時に、あの時どうして止めなかったのだろう、と誰もが後悔の念を浮かべていた。

 野村明江に関しても同じような行為が繰り返されていたようだ。その結果、野村明江は自殺した。話によると旅館を燃やしたのも放火だったそうだ。手口は神谷健太の家が燃やされたのと同じらしい。

 野村明江の場合は死の直前まで残虐な行為をされていた事実に気づけなかったようだ。野村明江が情緒不安定になり暴れるようになった。みんながそれを止めていた。野村明江が池田真一の秘密を抱えることに耐えられず爆発したと思っていたのが、実は本人がイジメを受けていたということだ。駐車場のおじさんが見たケンカというのはその時のことだと思う。

 キュウさんは精神的に衰弱していたようだ。彼女は池田真一の件とは全く関係がなかったけれど、ハイカラに流れている不穏な空気を察してしまったらしい。心配していたが、わたしよりも早くハイカラに復帰した。星野が逮捕されたことを話した時、キュウさんは驚いて腰を抜かしてしまった。

 ポンさんに借りた小説は読まずに返した。もうサスペンスは読む気が起きなかった。彼も池田真一のこととは全く関係がなかった。ギターの件は星野の嘘だったようだ。実際には事務所に引き取ってもらったとワカさんが言っていた。ポンさんが「犯人は分かった?」とメールしてきたのが、小説の内容についてだったと知った時には、わたしはこれでもかと言うくらい怒った。もちろん彼に非はないのだけれど、ポンさんはわたしの気が済むまで黙って聞いていてくれた。それくらいはしてくれていいと思う。彼は唯一、池田真一を発見した日まで真相を知らずに幸せに暮らしていたんだから。最後には今度江ノ島でご飯を御馳走してくれると言ってくれた。

 13番の電話の音の正体は、池田真一の骨が絡んでいたことに原因があるのではないかとカズオミさんが言っていた。音楽有線が止まった時にだけ、電気の抵抗が微妙に変化しているのだと説明してくれた。それが本当なら、まるで池田真一の意思で今回の件が発展したように思う。あの電話がなければ、わたしは更衣室のメモを見つていなかっただろう。それに更衣室で星野に襲われた時も、まるで助けてくれるようなタイミングで電話が鳴った。池田真一が星野を倒すために、きっと力を貸してくれたのだ。

 最初に感じた通り、結局全ての出来事は一連のものだったのだ。

 わたしの家に警察が来ることはなくなったけれど、他のハイカラの人たちは未だに呼び出されている。当時のことを詳しく説明する必要があるそうだ。

 秋になるまでそれは続いた。幸い、ハイカラの調査は開店までの時間にやってもらったので、業務には影響しなかった。さすがに13番の部屋は使用できなかったが、普段から使っていなかったので問題はあまりなかった。

 池田真一が死んだ当時にも、臭いが凄まじくて13番は使用できなかったそうだ。それ以来、みんなは13番を避けるようになった。

 九月は強い台風がいくつもA市を通り抜けた。

 被害もそこそこあったようだ。ハイカラは無事だったけれど、なんとなく忙しい雰囲気が立ち込めていた。忙しさは池田真一の事件を少しづつ忘れさせてくれた。




 十月になり肌寒い日が増えてきた。

 チンさんも順調のようだ。お腹の子が八割で女の子だと分かったらしい。もう名前を考え始めている。ワカさんの娘ももうすぐ子供が生まれるらしいので、二人で色々な本を読み漁っていた。ワカさんはあれから驚くくらい性格が優しくなった。あれだけ神経質だったのは、星野が原因だったのだろう。あのひどかったチックもぴたりと収まった。

 ようやくハイカラに笑顔が戻りはじめてきた。

 その時期になって星野から開放された実感がみんなにも訪れた始めたようだ。池田真一の死を黙っていたことは罪に問われないらしいことが確定したことも理由の一つだろう。星野はどうやら無期刑になりそうだ。

 13番も使えるようになった。壁は元通りに補修され、深夜に電話が鳴ることはもうなくなった。池田真一も満足して成仏してくれたんだろう。

 わたしも就職が決まりそうだ。

 来年の三月にはハイカラを辞めることになる。それまでにしっかりと思い出を作っていきたい。きっと楽しく過ごせるだろうという予感があった。

 就職が決まった記念に今度みんなで花火大会に行こうとケイさんと戸高さんが張り切っていた。まだ決まったわけじゃないと言ったのに、みんなが聞こえないふりをしてわたしをからかった。チンさんはいつもの口調でマヨさんとわたしに彼氏を作れと言っていた。

 いたずらっぽい笑顔を見せていた。

 花火大会の前にまた釣りに行きたい、とわたしは言った。

 いつかと同じようにわたしたちは笑いあった。その時涙を堪えていたことは、今でもチンさんには内緒にしている。

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