お題:夕焼けの見える部屋/雨/切ない話/3ツイート以内
夕暮れ時、突然チャイムが鳴った。春の、少し暖かい柔らかな雨が、あの人のからだを濡らしていた。鼠色の傘をわたしの部屋の玄関に立てかけて、いつものよ うにわたしの名前を小さく呼ぶ。だけど。「どうかしたの?」とたずねても、返事がない。哀しそうに肩をすくませているのが子供のようだと思う。
「なんでも、ないよ。きみの顔が見たくなっただけだ」
「そう?」
何でもないわけがない。ずっと一緒に居たわたしが、気が付かないわけがない。わたしは、こ の人の隠し事を知っているから。雨の匂いに混ざった、知らないオーデパルファンの香りも。首筋に小さく付けられた痕も。ぜんぶ、知ってる。
「とりあえず、あがっていけば」
「いや……いいよ。今日は帰る」
「そう」
目を伏せたまま、わたしは小さく嗤う。知っているのと、嫌いになるのは、別だ。だからわたしは今日も、何も見なかったことにして彼に手を振った。独りの部屋を、いつか二人で見た夕焼けが赤く染めていく。雨はあがったのに。
「のに。」で終わらせる癖がある模様。