逃げる二人
「あっ、師匠が帰ってきたー!」
遥が歓声を上げた。
「いちいち騒がないの。」
そう私はたしなめるが
実は私も師匠がどこに行ってるか気になっている
「えーだって私達に何も言わないんだよ!?
謡だって気になってるんでしょ」
図星も図星だったので私は話題の転換を試みた
「それにしても初めの時には
こうなるなんて夢にも思わなかったね」
「そうだね、こんなに大きくなったしね」
周りを見渡す遥につられて私もあたりを見まわす
丘の上の大きな家裏には鬱蒼と森が茂っていて
表には曲がりくねった道とその両脇に家が連なり
さらに向こうには大きな大きな壁が見える
ただ私の言う初めてのときと遥の言う初めてのときは
時期がだいぶ違うのだけど…
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『この村を出ていく?』
突拍子の無い事を言う妹に思わず変な声が出た
『うん。ダークエルフの私が
エルフの村に住むのはさすがに無理があるよ』
謡にも迷惑だしねっと笑う姿を見てため息をつく
『そう…なら私がダークエルフの村に行く
っていうのも意味はないのね?』
頷く遥、だけど――
『そう、じゃあ二人でも問題ない所に行きましょうか』
『なんで!!』
よほど驚いたのか食って掛かる妹を見て唇を綻ばせる
目に安堵の色があったのを見逃さなかった
『きっとこの世界は広いわ
少なくとも遥が来た方向は
候補に入れなくてもいいんでしょう?』
私は朗らかに笑った
甘かった
そもそも子供二人で道も目的地も
はっきりしていない状態で森を抜けようとしているのだ
なんという無謀だろうか
水も食料もだいぶ少なくなってきているし何よりも
(向こうからエルフが来たわ)
(あっちからはワンコが来たわ)
出会う生き物全てがこちらを親の敵と
言わんばかりに襲い掛かってくるのだ
おかげで気が休まる暇がありゃしない
(なんで遥は虎ぐらいある犬?をワンコ呼ばわりするのよ)
内心で愚痴っているとふと遥がこちらを呼んだ
(ねぇ謡、あのワンコこっちを見てる…よ?)
慌ててそちらを見ると確かにワンコと目があった
それはもうばっちりと目が合った
見詰め合って時が止まった
「やばい!逃げて遥!」
犬がこちらを吠え立てて
弾かれたように止まってた時が動き出す
「逃げるってどこに!」
「どこでもいいからとにかく走る!!」
悲鳴のような八つ当たりのような応酬をしてると
――バウ!バウ!ワオーン
「前からも来た!どうしよう遥!」
「なんでここで私に振るの!
お姉ちゃんこそ打開策ないの!?」
「姉が何でのできると思ったら大間違いだ!」
馬鹿な応酬を繰り返して横に逃げようとしたら
さっきまで体があったところを矢が通り抜けた
振り返ると何人ものエルフが黙ったまま弓に矢をつがえていた
「あああぁぁぁああ!!」
苦鳴に慌てて遥のほうを見ると
遥の太ももに矢が刺さっていた
「なんであの犬じゃなくて私たちを狙うの!」
遥に走りよりながらも我慢できずに叫ぶ
返事は引き絞られた弓の軋み声だけだった
「――ッ」
せめて、と遥に覆いかぶさる
ゾブッゾブッと湿った音が何度もなる
しかし
「痛くない?」
恐る恐る顔を上げると目に飛び込んできたのは
冷気さえ漂う氷を芯として
湯気を立てる血で染まった
犬とエルフの死体だった
「大丈夫か?」
不意に聞こえた声
慌てて振り返るとそこには
青い目に髪、長い耳
自分達とは異なる装いの青年がいた
・
・
・
「どうしたの?
急にニヤニヤして気味悪いよ遥」
謡の声で我に返る
「なんでもないよ
初めて師匠にあった時を思い出しただけだから」
そう言ってもう一度私は景色に目を向けた