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異世界に召喚されました。

作者: 宇京時雨

 これは二年前――つまりぼくが高校三年生の時分に体験した異世界冒険譚の序章。


 □■ □■


 『生きる意味が無くとも、生きる価値が無くとも――生きる権利はある』


 漫画だったか小説だったかで、そんな文句を見た憶えがある。

 活字だったのを覚えているので映画やドラマ、アニメではないはずだ。

 どんな奴がその台詞をほざいたとかどういう場面で吐かれた台詞だとか、その作品は面白かったのかという事でさえ、記憶があやふやというかぼんやりしているけれど、ぼくはその文句をふと思い出した。

 確かに、淡泊かつ単調な毎日――特に授業中のまどろみの中とかで「ぼくが生きる意味ってあるのかなあ? ぼくが生きる価値ってあるのかなあ? もしかしたら、無いのかも知れないなあ」と呑気に能天気に思った事はあるけれど、まさか――あるはずの生きる権利を奪われてしまうとは思わなかった。

 まあ、実際は生きる権利どころか、人生そのものを奪われたわけだけれど。


 □■ □■


 成績は上から指折り数えれば片手で足りる順位を常にキープ、スポーツは初めてする競技でも一時間ほどでものにしてしまい、顔は他校の生徒にも覚えられるくらいのイケメンだと認定されており、身長百八十の筋肉質なのにスラリとした体型で、実家は金持ちときているが、それらを鼻にかけるような嫌味の無い気さくで朗らか性格をしているので、男女共に人気が高く、何より、イベントの中心にはいつもいる。

 そんな主人公みたいな男は――非常に残念ながらぼくの事じゃない。ぼくの親友――叶京一の事だ。

 そんなスーパーマンの如き(すごいという意味で)男と赤ピーマンの如き(特に意味は無し。強いて言えば語呂)ぼくはマンツーマンで黄昏時の教室に受験勉強そっちのけでだらだらと駄弁っていた。

 はずだったのだが……。


「ゑ?」


 後で知る事になるのだが、これがぼくの異世界での第一声だった。


「ここ、どこ?」


 何がなんだかさっぱり分からず、脳が働かない。その癖、状況を理解しようと必死に動かない脳を働かそうとするのだから冷静になる事も出来ず、更に焦る。脳が空回っているのだ。

 何がどうなったのかを思い出そうとしても、部分的に記憶が曖昧になっている所為で大した事は思い出せない。そう気付くと、ぼくの頭はどんどん混乱し、深みに嵌まっていく。

 頭の中はとっくに真っ白で、指一本動かないくらい動揺してるってのに、心臓だけが早鐘のように高速でビートを刻んでいる。頭痛と目眩で意識が朦朧とするけれど、それでもやっぱり、このわけの分からない状況を飲み込もうと目線を上げる。


「――!」


 だがしかし、苦しかった混乱と動揺もすぐに驚愕と恐怖による声にならない声で上塗りされた。

 ぼくは焦げ茶色のローブを着た、全身で魔法使いですと言わんばかりの妙な格好をした奴らに囲まれていたのだ。全員もれなくフードを被っていて顔が見えない所為か、それが余計に怖かった。


「ゑ、何これ? なんかの儀式?」


 怖い。超怖い。

 無理無理無理無理無理無理。

 意味分かんない意味分かんない。


 ぼくが戸惑っている間、奴らはざわついている。「不吉だ」とか「二人」とか「あり得ない」とか何かを相談しているようだ。

 逃げられないかと再度素早く周囲に目を走らせる。と、視界の端っこに見慣れたものが引っかかった。

 京一だ。


「京一、起きろ! ヤバイ雰囲気だ」


 隣で呑気に寝ている京一の体を思いっ切り揺する。


「ううん? 何?」

「周りを見ろ」


 百聞は一見に如かずだ。見れば分かる。


「んー? ちょっ……何ぞ、これ?」


 京一もぼくと同じように驚きの声を上げた。ぼくのヘタレな動揺っぷりほどではないが、相当驚いているようだ。


「こいつらは一体何だ?」


 京一はぼくの肩を揺らす。

 京一がこういう風に取り乱すのも珍しい。ぼくが思っている以上に驚いているみたいだ。


「ぼくにも分からない」


 落ち着け。冷静に考えろ。

 他人が驚いているのを見ると、少しは落ち着けるらしく、ぼくは状況を把握しようともう一度周りを見回した。

 床にはぼくと京一を中心に広がっている、魔方陣らしきもの。

 魔方陣の決められた位置に置かれているであろう蝋燭。

 魔方陣の外側をぐるりと囲む、焦げ茶色のローブを着た、杖を構える魔法使いたち。

 蝋燭以外の光源は無く、薄暗い室内。

 少しずつ冷静に稼働し始めた頭で考える。

 ぼくはこれと似たような状況を知っている。

 これは、ぼくがさっき口走った「なんかの儀式」で正解だろう。いや、この際正確に言ってしまえば『召喚の儀式』だ。

 『小説家になろう』というネット小説のサイトがある。

 ぼくはそのサイトをよく利用する。作品の掲載数が多い為、色んな物語を手軽に、しかも無料で読む事が出来るからだ。

 そして、そのサイトには『異世界に召喚される』類の小説が腐るほど掲載されているのだが、今のこの状況はそれと酷似するところが多々ある。


 ………………。

 うん、症状はネット小説の読み過ぎだな。妄想と現実の境目がつかなくなるなんて、きっと相当疲れているんだ。読みながら、そのまま寝てしまったみたいだ。熱中し過ぎるのも良くないな。一度起きて、パソコンを消してからちゃんと布団で寝直そう。


「ユウ? おい、ユウ」


 ユウとはぼくの事だ。漢字は悠久の悠。本名は『ハルカ』で、今では割と気に入っているのだけれど、中学生の頃は女の子みたいなその名前が嫌だったので、その頃から付き合いのあった京一にそう呼んでもらっているのが続いているのだ。京一がそう呼ぶものだから、おかげで普段は『ユウ』で通っている。と言うか、皆は『ユウ』が正しいと思っている。

 閑話休題。


「おいってば!」


 京一に肩を叩かれる。

 どうやら現実逃避はここまでのようだ。今の状況の方が現実逃避みたいだってのに。

 仕方なく京一が目で示す方を見遣ると、奴らはぼくが現実逃避をしている間に相談を終えたのか、その内の代表が一人こちらへ歩み寄っていた。

 その代表は歩きながらローブのフードに手をかける。外れたフードの中からブワリと金髪がたなびく。

 綺麗なウェーブのかかったロングヘアとぱっちりとした宝石を思わせる大きな碧眼が印象的だ。そしてなにより、頭の上に乗っかっている小さな――しかし煌びやかなティアラが目を引く。年齢は高校三年生のぼくたちと同じくらい。すごく綺麗な子だ。


「姫様ッ! お待ち下さい」


 ぼくたちの周りを囲む魔法使いたちの内、一番荘厳な杖を持った奴が代表に声をかける。ニュアンスから言って、「そいつらは危険かも知れませんので、安易に近づくのはお辞め下さい」というところだろう。声を聞く限り女の子だ。

 そして、こちらへ歩み寄る彼女はお姫様らしい。

 もし、ぼくたちが本当に危険な奴だったらどうするだろうか。「姫様」と呼び掛けた事で、彼女がこの国の重要人物という事がバレて人質にとられるとかは考えていないのか。


「初めまして、勇者の資格を持つ方々」


 ぼくがそんな危険思想を抱いている事などつゆ知らず、お姫様はぼくたちの前で立ち止まり、礼をする。


「わたくしはエリーザ・フォン・シュトロノーム。豊穣の国、シュトロノーム王国の第二王女です」


 優雅な礼と共に彼女はそう名乗った。

 この際、ぼくの危険思想は置いておく。問題はエリーザ姫の言葉が理解出来るという点だ。

 どう考えても彼女の操る言語は日本語じゃない。その綺麗な金髪碧眼と日本語であればカタカナ表記であろう名前で日本人ですと言われても困る。その設定がそこそこ面白くあってもだ。


「えと、私は叶京一……いや、キョウイチ・カノウと申します。キョウとお呼び下さい」


 立ち上がった京一は一歩前に出て、爽やかな笑顔と共に流れる動作で一礼し、握手を求めて右手を差し出した。やり慣れてる感で溢れている。相手が一国のお姫様だというのに臆せず丁寧かつフレンドリーを忘れていない対応。ファンタジー系のネット小説なんかでよく出てくる不遜な態度がカッコイイと思っている主人公とは一味違う。

 京一はみんな仲良くがモットーで基本的にフレンドリーな感じで話す癖があるのだ。しかも、それを不快に思わせないという補助効果が付いている。たがらこそ、あんな対応になったのだろう。

 エリーザ姫がお姫様だと知っていても、それを貫く度胸がまたすごい。

 因みに京一はぼくのユウに対してキョウと呼ばれたがる節がある。ぼく以外にはキョウと呼ばれているけれど、それを踏まえてぼくは京一と呼ぶ。


「き、貴様、姫様に対し、なんと無礼な!」


 さっきの魔法使いが姫様に握手を求めた京一に叫んだ。京一のフレンドリーな態度が気に入らなかったらしい。珍しい事もあるもんだ。って、異世界だしね、ここ。

 そして、ぼくたちの話す言語は相手にも伝わるという事が分かった。どうやらぼくたちと彼女たちの間でご都合主義的な翻訳処理がなされているらしい。敬語の概念とかあるのだろうか?

 ……ありそうだな。


「構いません、キーマちゃん。わたくしは気にしておりませんのでキョウ様もお気になさらず。えっと、そちらの方も……」


 そこでエリーザ姫はぼくの方を向いて何やら言い淀んだ。

 そう言えば、ぼくはまだ名乗っていない。どう名乗ったものかと一瞬逡巡したけれど、いつものように名乗る事にした。


「……私の事はユウとお呼び下さい」


 ぼくも立ち上がって京一と同じように一礼する。なんだか気恥ずかしい。お呼び下さいって。京一みたいに爽やか笑顔で握手は求めなかった。この世界――またはこの国――では握手という概念は無いらしく、京一の右手に疑問の眼差しを注いでいたエリーザ姫を見た所為だ。

 別に仲良くしたくないとは思っていない。むしろ、可愛い女の子とは仲良くしたい。まあ、仲の良い女の子の数なんざたかが知れているけれど。


「分かりました。ユウ様もキョウ様も言葉遣いはお気になさらないで下さい」

「ありがとうございます」


 京一が頭を下げるのを見て、ぼくも頭を下げる。だが、この許しは言葉の上だけ。本当に許されたわけではないはず。

 ここで京一が「そう? 良かった。俺、堅苦しいのは苦手なんだ」というようなセリフを吐きやがっていたら、思い切り蹴ってやろうと思っていたのに。

 そしてエリーザ姫はというと、真剣な面持ちで京一とぼくとを交互に見遣ると頭を下げ、本題という名の爆弾をぶっ込んできやがった。


「キョウ様、ユウ様。勇者となり、この世界をお救い下さい。お願い致します」


 ………………は?

 ナニイッテンノ?


 いや、まあ、召喚の儀式だって気付いた辺りからなんとなくは分かっていたけれど……。

 ふと隣を盗み見ると、京一もわけが分からないという表情をしている。

 どうせ、了承するんだろうなー。


「僭越ながら、この者たちがどちらも勇者だとは限らないのではないでしょうか?」


 いつの間にかエリーザさんの斜め後ろにキーマと呼ばれていたうるさく偉そうな魔法使いが立っていた。

 ローブのフードを下ろしている。ぼくより二つくらいは年下っぽさそうだ。肩まである金髪を二つに分けてくくっており――この国のスタンダードな髪色は金なのだろうか? それとも貴族だけとか?――可愛らしく多少幼さの残る顔立ちだ。しかし、その碧眼――この色もこの国のスタンダードな目の色なのだろう――は敵意に満ちており、ぼくたちを睨んでいる。


「ええ、分かっています。ですから、水晶で調べます」


 話の流れがどんどんと進んでいき、ぼくと京一が完全に蚊帳の外へと追い出されそうな辺りで京一がエリーザさんに尋ねる。


「お待ち下さい。勇者やこの世界を救うとは一体どういう事なのですか?」


 京一の質問に、エリーザ姫は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに納得したように頷く。


「そうですね。あなた方にはそこから説明しなければなりません。このような場所ではなんですので、応接の間を利用しましょう」


 エリーザさんはキーマちゃんに合図を送る。


「解散だ。ニックは応接の間を、ディーンは水晶の準備を頼む。それ以外は全員持ち場に戻れ!」


 キーマちゃんは魔法使いたちに命令を下す。一番荘厳な杖を持っているのもキーマちゃんだし、このローブ集団のトップなのか。

 ぼくがそうやって不思議そうにしているとエリーザ姫が教えてくれた。


「キーマちゃんは史上最年少で国立魔術師学校を卒業した天才なのです。今は王国に十二人しかいない、最上位魔術師の資格も持っ

ているんですよ」

「なるほど、そうでしたか」


 京一が喋ってくれるおかげで、ぼくがコミュ障気味だという事がバレなくて済んでいる。疑心暗鬼というものを知らないらしい。ぼくには到底真似の出来ない芸当だ。

 ところで、あのローブ集団は恐らくは魔術師の団体だ。魔法使いとどう違うのかは甚だ不明だけれど、魔術でぼくと京一はこの世界に引っ張って来られたようだ。

 その魔術師の団体様がこの怪しげな部屋を出払った頃、つまり部屋の中がぼくと京一、エリーザさんとキーマちゃんの四人だけになったところで、エリーザさんに促されて、ぼくたちは『応接の間』に向かった。


 この時のぼくたちは事を甘く見ていたどころか、重大さに気付いてすらいなかった。

 ぼくは――ぼくたちはまだ人生を失った事を知らない。


 □■ □■


 応接の間に通されたぼくたちはテーブルにつく。家財やら装飾品等を見る限り、中世ヨーロッパに近い文化のようだ。もちろん、日本史を専攻しているぼくの偏見。

 因みに、ここまでの道中、京一はエリーザさんと時々キーマちゃんを交えながら談笑していた。お得意の会話術でざっくばらんに話す事を本当に許されている。コミュニケーション能力の低いぼくに少し分けてほしい。


「で、早速だけれど、なんで俺たちを召喚したんだ?」


 ローブを抜いでドレス姿のエリーザ姫、未だローブを羽織っているキーマちゃん、京一、ぼくの四人が座った頃合いを見計らって、京一は早速本題に切り込んだ。


「はい。わたくしたちの住まう、このシュトロノーム王国を含め、大陸のほぼ全土に渡って魔物が異常に増加しています。その原因が魔王の復活なのです」

「魔王の復活?」


 魔王か……。中学生が好きそうな話になってきたぞ。かく言うぼくもこの手の話題は嫌いじゃない。かと言って好きなわけでもないのだけれど。


「あらゆる災厄を生み出す悪の権化。それが魔王です」

「その魔王を俺たちに倒してもらいたいってところかな?」

「いえ、そうではありません。この世界に正義が存在しなければならないように、悪もまた存在しなければならない『世界を構築するもの』なのです。故に悪を完全に滅ぼす事は不可能とされています」

「勇者の役目は魔王を聖剣で封印する事。しかし、聖剣は光の属性を持つ者のみしか振るう事の出来ない剣。この世界で光の属性を存在しないのです」

「存在しないって、どういう事?」

「そのままの意味です。ですから、魔王復活の際は別世界から勇者の資格を持つ者を喚び出す召喚の儀を行います。これは前例のある事なのです」

「なるほど……」


 京一は納得したようで頷くが、ぼくにはまだ引っ掛かっている事があったので、この場で初めて口を開いた。


「その『勇者の資格を持つ者』って謂からすると、私たちは勇者と認められていないという事なのでしょうか?」

「ええ。だから、あなた方が勇者であるか――すなわち、光の属性を持つかを調べます」


 エリーザ姫の説明に続き、キーマちゃんが説明するが、キーマちゃんの言葉には相変わらず敵意が含まれていた。主にぼくへ向けての。よっぽど第一印象が悪かったらしい。


「ちょっと待った。魔王が倒せないから聖剣で封印するってのは分かった。聖剣が光の属性とやらが無いと振るえないのも、俺たちが召喚された理由も分かったけれど、俺たちが光の属性を持つ勇者だって、どうやって調べるんだ?」

「水晶を使います。ディーン、水晶を!」

「水晶って、さっきエリーザが言っていた?」


 一国のお姫様を呼び捨てとは、ここまで来る間の短時間で京一もえらく出世したものだ。

 キーマちゃんの呼び声を合図に例のローブを着た魔術師が木箱を両手で抱えて部屋に入ってきた。さすがにフードは被っていない。穏やかな笑みを浮かべている柔和そうなおじさんはディーンさんだろう。

 ディーンさんは木箱を開け、手袋をした手で水晶を取り出す。テーブルの上に水晶用の座布団を敷き、その上に水晶を乗せる。

 直径が一尺程度の少し大きな水晶の玉だ。


「よし。ディーン、下がって良い」


 ディーンさんはぼくたち、キーマちゃん、エリーザ姫に礼をして部屋を出ていった。


「では、手をかざして下さい」

「かざすだけで良いのかい?」

「かざした後、体内のエネルギーを水晶に注ぐイメージをして下さい」

「京一、先にどうぞ」


 京一に先を勧められる前に、先を勧める。


「キョウ様であれば絶対に大丈夫です!」

「ま、大丈夫なんじゃないですか?」


 一方のお姫様は目をキラキラ輝かせながら力説している。

 流石は京一。エリーザ姫だけでなくキーマちゃんにも太鼓判を押されやがった。羨ましい限りだ。

 いや、ぼくだって京一は光の属性とやらだって事に今の所持金全額賭けたって良い。うん、所持金無いけれどさ。


「じゃ、お言葉に甘えて」


 緊張の面持ちで京一が水晶に手をかざす。

 すると、水晶の中心に小さな光が灯った。

 次の瞬間、光はバッと大きくなり、部屋中に眩しいくらい、金色の光が輝き渡った。


「金色……。光属性の証です! やりましたよ、さすがキョウ様です!」

「こ、これが光属性しか持たない『金色の輝き』……。しかも、これほどまでの大きさ。この大きさが大きければ大きいほど、その属性に対する適性が高いのです。初めて見ました」


 やっぱり、としか言えない。京一は光の属性の持ち主。金色の光がその証で、光の大きさが適性を表すらしい。


「おお! やった、のかな? ほら、次はユウの番だぜ?」


 京一は笑みを浮かべながら、水晶から手を退ける。

 京一が手を退けた拍子に水晶の光は収まってしまった。


「それではユウ様もお願いします」


 エリーザ姫に促され、水晶の前に立って、水晶に手をかざす。

 もちろん、ぼくは光の属性を持っていなかった。

 かと言って、闇の属性を持っていたわけでもない。

 水晶が放った光は、何の属性も持たない白い光で、大きさも京一とは比べ物にならないほど小さかった。

 キーマちゃん曰く、一般人の平均がこれくらいなのだそう。

 多分嘘だ。

 気まずい雰囲気の中の発表だったし、何よりキーマちゃんの目線が泳いでいた。一般人の平均にも及ばないと認識するのがちょうど良いくらいだと思う。


「うーん、残念です。ぼくはダメらしいですね、ははは……。京一、頑張ってくれよ!」


 ずっしり重い空気を変えれるとは思わないが、なるべく明るく言ってみる。そのくらいの気遣いは大人の対応ってやつだ。

 当然の対処? そうかもね。


「そ、そうですね。召喚された人たちの中には後天的に光の属性を手に入れた者もいるらしいですよ!」

「だってさ、ユウ。これから頑張って行こうぜ!」


 エリーザ姫のフォローが入り、京一がぼくの肩を叩く。落ち込むなと言わない辺りが京一らしい。だから、ぼくは京一の親友でいられる。


「それで、一番大事な事なんだが、事が済めば――つまり魔王を封印出来れば、俺たちは二人とも元の世界に戻れるのか?」


 京一は眉根をぎゅっと寄せて訊く。真剣な話をしている時の表情だ。

 ぼくとしても気になるところだが、思うところあって、もう半分以上諦めている。

 京一の質問に、キラキラしていたエリーザ姫は一瞬にしてしょぼんとなった。


「…………出来ない事はありませんが……」

「ありませんが?」


 京一が続きを促す。まだ眉間のシワは刻まれたままだ。

 その質問はエリーザ姫に代わり、キーマちゃんが答える。


「おすすめ出来ません」

「おすすめ出来ない?」

「はい。それは召喚の儀の仕組みによるものです」

「仕組み……とは?」

「召喚の儀――これは勇者となる資格を持つ者の存在を喚ぶ儀式。存在ごと別世界から喚ぶので、元の世界でのあなた方の存在は――失われます」

「失われます……って、俺たちに関する記憶やら物事が失われたりするという事なのか?」

「…………はい」


 そう。

 ぼくたちは元の世界で生きていたという証を全て抹消されていたのだ。

 生まれたという事実を消され、生きていたという事実を消され、挙句、死ぬ事すら奪われたのだ。


「それに別世界へ送り出す術は召喚の術と違い、行き先が曖昧です。元の世界には帰れるでしょうが、元の時代に戻れるとは限りませんし、失われた存在は戻りません……」

「本当に申し訳ありません!」


 俯きがちに説明するキーマちゃんの言葉に重ねるように、エリーザ姫が涙を浮かべて頭を下げる。


「分かっています! これだけ酷い仕打ちを与えておいて、わたくしたちを救って下さいなどと言うのはおこがましいと思います。しかし、わたくしたちの世界を救う事があなた方しか成せないのも、また事実なのです。どうか、どうか、わたくしたちの世界をお救い下さいッ!」


 一国のお姫様の謝罪。

 そんなもので、ぼくたちの人生はパーになった。


「頭を上げて、エリーザ。俺が役に立てるなら、俺はやる。ユウも一緒にやってくれるだろ?」


 爽やかな笑顔で承諾した京一は、当然のようにぼくを誘う。


「無論。ぼくが役に立てるかどうかは分からないけれど」


 ぼくは了解の意を示し、京一に拳を向ける。


「よし! それでこそ、ユウだ」

「ありがとうございます! キョウ様、ユウ様」


 京一がぼくの拳に自分の拳をぶつける。

 これはぼくが京一に協力するという合図だ。ぼくはこれまでにこうして何度も京一と拳をぶつけ合っている。

 今回もそれの一環だ。特別な事なんか何もない。

 確かにぼくと京一は人生を奪われた。

 だから、どうした。

 ぼくのクズ同然の人生なんて、ぼくは知った事じゃないし、京一はどこだって主人公なのだから、人生の一つが無くなったとて新しく創る事が出来る。

 ネット小説の世界に憧れた事が無いとは言わない。

 だから、今回のイベントには、正直興奮している。

 間近でこんな物語を楽しめる機会なんてそうそう無いだろうし、あわよくば、ぼくがこの物語を語ってやろう。

 京一を主人公とした、勇者と魔王の王道ファンタジー物だ。

 語り部はぼく。


 この時のぼくは愚かにもそんな風に楽観的に物事を考えていた。

 これから先、物語は当然ながら波乱を迎えるってのに。

 そんなこんなでぼくは異世界に召喚されたのだった――



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