愛しいのだと
バレンタインデーになった今日、君がチョコを渡してくれるのをずっと待っている僕がいる。それを知らない君がいる。卑屈になってしまう程に、その現実は辛く厳しいものだった。
それでも、小さな期待をしていた。もしかしたら、義理チョコ位は、きっとあの子の手から貰えるのではないだろうかと。
しかし、小さな期待は小さな期待に相応しくない、大きな絶望感を持ってきてしまった。
チョコなど、貰えるはずがなかった。分かり切っていた。それでもそんな分かり切っていた事をこうも平然と突きつけられてしまうのは、酷く辛いのだ。
昔君に告白した時、君は言ったな。『貴方が抱いているのは恋愛感情ではないのよ』と。
きっとそれは君なりの僕の事を考えた結果なのだろう。それでも、それが僕には許せない。
だから昨日も、今日も、明日も僕はここへ来るのだ。どれだけ嫌な顔をされようと、どれだけ拒絶されようと、僕はここに来なくてはならないのだ。
横は白い壁、上は白い天井。下は白い床。君がいるのは白いベッド。何も知らない顔でずっと眠っているのだ。
僕がここに何回来たと思っている。僕が何回泣いたと思っている。僕がどれだけ君の事を思っていると思う。
いっその事、死んでしまった方がいいのかもしれない。君も、僕も。
僕は彼女の頬を撫でた。微動だにしない。
僕は彼女のまぶたに触れた。微動だにしない。
僕は彼女の唇を優しく擦った。微動だにしない。
いっその事、拒絶してくれた方が良いのかもしれない。これじゃあ生殺しも同然だ。
ゆっくりと彼女の顔に向けて体を落とす。――――――――微動だに、しない。
「今日は、白い花を持ってきたんだ」
返事など無い。
「何か、分かるかい」
返事など無い。
「百合だよ。君、好きだろう」
返事など無い。分かっている。そんな事、言われずとも分かっている。だが僕はそんな小さな期待を何十年もしてきているのだ。そしてそんな小さな期待はあまりにも不釣り合いな大きな絶望を返してくる。
けれども僕は、ずっと声をかけ続ける。君が答えてくれなくとも、君がいる限りずっと。
僕が終わってしまうまで。それまでは、君がいなくなってしまっても、何があっても僕はずっと待っている。待っているから。
君のチョコレートを待ち続けて何十年。細い管を体に沢山つけて、呼吸補助装置を付けた君は、ずっと目を閉じたまま微動だにしない。
なあ、僕がそんなに嫌いなのか。目覚める事が無い程に僕が嫌いなのか。そんなに僕にチョコレートを渡したくないのか。
彼女の額にそっと触れた。何十年とたった今でも、君は美しい。愛しい。この気持ちは変わらない。
なあ、君は言ったな。『貴方が抱いているのは恋愛感情ではないのよ』と。
なんで、そんな嘘を僕に言ったんだ。何十年とたった今でも、僕は未だに君の事が忘れられないんだ。
嘘つき。