第一話 子猫ちゃん
「…というわけで、別れよう。」
…あん?
「へ?」
「このままじゃ、お互いの為にならないし、よくないと思うの。」
「いやだって、そんな急に…」
「前から言おうとはしてたの…でも、言えなくって…その…ごめん!!」
彼女はそのまま一目散に走って行ってしまった。楽しみにしていたデートはこんな終わりを迎えてしまった…が、どうにも腑に落ちない。
「あ、ちょ…え~。」
大学2年生の夏休み。最悪の形でスタートを切った。
第一話 子猫ちゃん
そんなこんなで友人宅。18時をすぎたが外はまだ明るい…が、俺は暗い。
「…はい?」
「…えぇ。」
「いや、だって、昨日まであんなに仲良かったじゃないか。それがなんで急に…」
「もうワケわかんないでゲス。」
俺の名前は藤枝哲。大学生だ。
他にも紹介するべきことはたくさんあるのだろうが…とりあえず今日、生まれて初めて付き合った彼女にフられた。
「なんて言われたんだい?」
「あー…なんか色々ごちゃごちゃ言ってたけど…あぁ。なんかこれ以上つき合っててもお互いの為にならないとか言われたわ。」
「…ほぅ?」
傷心中の俺の話を聞いてくれてるこいつは宮部賢。
同じ大学に通っていて、学科やらサークルやらが一緒で、いつも一緒にいる。勉強もスポーツも万能で、性格も穏やか。誰からも好かれている。噂ではどこかのお坊ちゃんらしいが、本人は自分のことを話したがらない。その代わり、ただただ人の話を聞く。
なんでこんなにいいヤツが俺なんかとツルんでいるかは謎だが…一緒にいて楽しいヤツだし、それは向こうも同じらしい。うれしい限りだ。
「お互いの為ってなぁ…別に一緒にいられればそれでいいような気がするんだけどな。」
「うーん…何なんだろうね?お互いの為かぁ…」
「あ~も~…わっけわかんねぇよぉ。」
「確か、ハナちゃんから付き合いたいって言ってきたんだよね。」
「あぁ…あの時はヤバかったなぁ。なんか、こう…なんつーの?クラクラっと来たっていうかさ。」
ハナ…今日俺の元カノになった吉田花は、授業と授業の合間には本を読んでいる物静かな女の子だ。
だが、ルックスの良さと周囲への優しさが男女共に好かれ、我が学科のアイドル的存在でもある。
入学して間もない頃、学校からの帰り道でナンパされているハナを見つけた。ハナは優しいが、その反面断り方を知らない。オドオドするばかりで、何を言うわけでもない。だが、明らかに困っていることだけは俺でも分かった。
だが、そんなハナに向かって言った男の一言が…
「恥ずかしがらないで☆僕の可愛い子猫ちゃん♪」
…気がついたらそいつに蹴りをかましていた。当然助けるつもりで蹴ったんじゃない。ただこの男に無性に腹が立って蹴った。ただそれだけだ。(ってか、今時子猫ちゃんて…なぁ?)
ハナが同じ学科だということを知ったのはだいぶ後のことだった。偶然とはいえ、あの時助けた女の子がまさか学科のアイドルだったとは…
ハナは、自分からはなかなか話しかけられなかったらしいが、勇気を出して俺と仲良くしようとしてくれたらしい。そしてだんだんと接していくうちに、俺たちはつき合うことになったんだ。
「まぁ、ハナちゃん可愛いからね。」
「てめー、人の彼女を変な目で…」
「もう"元"彼女だろ?」
「…うっせーよ。」
一気に現実に引き戻された。そう、全ては過去の産物になってしまったのだ。悔やんでも悔やみきれない…ってか、フられた理由すら分からない。
もうね、考えるのもめんどくさい。
「ごめんごめん。まぁ、こういう時はお酒でも飲んで忘れようよ。」
「…あぁ。」
俺はあまり強いほうではないが、マサルは酒豪だ。しかし酔ったら人が変わる。普段は穏やかだが、一旦酔ったら大体飲まされるからちょっと怖い。次の日が地獄だ。
が、今日は特別。酔っ払って大泣きしたい気分だ。おまけに学校もない。夏休み最高。
「じゃ、行こうか。」
「うぃうぃ。」
いつもの店に向かおうと、俺たちは外に出た。外は薄暗くなっていた。