十参、泥湖橋
森林から出て辿り着いた、へどろの溜まった地。
その中には樹枝や自転車・靴など訳のありそうなごみがぐちゃぐちゃと落ちていた。
もともとは綺麗な湖だったのだと、雨乃は瞼を閉じながら云い、軽く息を吐いた。
少し漂う異臭が気になった。が、何を聞いても「私にも分からない」と返され、結局この地については何も解らなかった。
「でもこれだけは知ってるわ。この湖、いつの間にかこうなってたから、みんな“泥湖”って呼ぶようになったの」
…いつの間にか、こうなっていた…?
今の雨乃の言うことには、村人が皆、この湖がこうなった訳を知らないということになる。
雨乃はこれ以上話そうとしたことを躊躇うと、進むべき“道”である方を指差した。
その先にあったのは、古く腐った木の吊り橋。
千切れそうな綱や橋に生えたコケが、なんともベタな風景だ。
自らを先頭に橋へと踏み出した雨乃は、後から続く私の足取りを心配し、手を支えていてくれた。
足を乗せる度にギィギィと嫌な音を立てる橋からは、寿命のきていた木の欠片が崩れ落ちる。
怯えきった私は、無意識にかかとを浮かせ、足先のみで橋を渡った。
長く続くその恐怖は、雨乃の言った通りまさに険しい道だった。
―――すっかり足に力が入ってしまっていたが、ようやく吊り橋を渡りきった。
ひと息ついて前を見れば、そこからはちゃんとした道という道が続いていた。
少し疲れたというように冷や汗を拭う雨乃は、安心した私にまたニコッと微笑む。
よく渡りきったわと、肩にポンと手を置き。
その手により私に貼り巡っていた緊張感が一瞬でほどけ、次の道へ進む元気が湧いてくる。
凛と立ち、前方に一本道。私は雨乃の横を再び歩き始めた。
雨乃がぽつりと呟く、意味深な言葉にも気づかず。
「…本当に、泥湖橋を渡りきってしまうなんて……。」