十、奥の霧から
カランと儚い音を立ててコーヒーの缶が捨てられた。
立ち上がり、家の外へと招く雨乃を見て、詩帆は無言でついて行った。
引き戸の玄関を開け外に出ると、少し肌寒い霧が出ている。
この頃、空は夕暮れに染められる時刻だった。
雨乃がまた、優しく微笑みながら言う。
「この霧はね、天候のせいでも何でもないのよ。じきに解るわ」
その言葉で、気にしていなかったつもりの事が逆に疑問になった。
―――――…………………どん……しゃん……
どんちゃん…どんちゃん…どんからしゃん。
どんちゃん、どんちゃん、どんからしゃん!
遠くから子供の声と、太鼓や笛の賑やかな音がしてきた。
それらは徐々に詩帆と雨乃に近づき、やがて霧の中より姿を現した。
「アサギリ姉妹よ。この村の名物の饅頭を売りまわってる双子」
雨乃は詩帆に明るい調子で応えると、大声を出して“アサギリ姉妹”を呼んだ。
「「はいはーい、針山の姉さんでっかー?」」
樹海の中の霧の奥、まったく同じような声と影がふたつ。
太鼓や笛の音が止み、カラカラと下駄で走る足音と変わって、影はよりこちらにやってくる。
その声はとても幼く…小学生を思わせた。