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爆ぜる火薬の熱が落ち着き、静まり返った石切り場の片隅。
コウタは、ティナの両親と、ライカの両親の前に、静かに歩み寄った。
その手にはもう、鉄球も、爆薬のスイッチも握られていない。
「……これにて、お二人のお子さんの、ニート脱出・更生プランを終了させていただきます」
コウタは、かつてないほど真剣な眼差しで、両家の親たちを見つめた。
そして、泥と火薬で汚れたその体を折り曲げ、深く、深く、頭を下げた。
「ご両親には、多大なるご心配とご負担をおかけしました。……ですが、私の方が、彼女たちから教えられることがたくさんありました」
驚きに目を見開く親たちの前で、コウタは顔を上げ、遠くで肉を奪い合っているティナとライカを、眩しそうに見つめた。
「……私自身の夢も、彼女たちに叶えていただけました。……理不尽な地獄に突き落とされても、笑って這い上がってくる。そんな『強さ』を、彼女たちは俺に見せてくれた」
コウタの声は、少しだけ震えていた。
それは、地獄を共に潜り抜けた者だけが共有できる、戦友への敬意だった。
「……ティナさんも、ライカさんも。……もう、どこへ出しても恥ずかしくない、立派な一人前の大人です。俺が保証します」
その言葉を聞いたティナの両親が、涙を流しながらコウタの手を握りしめる。
ライカの両親もまた、言葉にならない感謝を込めて、力強く頷いた。
「……おい、バカ弟子どもッ!!」
コウタはいつもの怒号を飛ばしたが、その響きは夜風のように温かかった。
「……最後だ! 親父さんとお袋さんに、そのツラしっかり見せてやれ!!」
「はいっ!! コウタさん!!」
駆け寄ってくる二人の少女。
その顔には、かつての陰りなど微塵もなかった。
自分の足で立ち、自分の拳で運命を切り拓き、大好きな人のために肉を食らう。
更生とは、ただ社会に戻ることではない。
自分自身を、誰よりも愛せるようになること。
夜明けの光が、石切り場を白く染めていく。
コウタは、再会を喜ぶ家族たちの背中をそっと見送りながら、最後の一本に火を点けた。
「……さて。……俺も、飯にするか」
(世間様の顔色を窺って、借りてきた猫みたいに大人しくなるのが更生だってんなら、あいつらは一生『不合格』だ。……だがな。……昨日までの自分をぶち壊して、地獄の中で『自分は、自分が好きだ』と笑って飯が食える。……それを、世間じゃ『人間』って呼ぶんだよ)
紫煙の向こう側で、新しい一日が、静かに、そして力強く始まっていた。
「……ハァッ、……ハァッ……。ねえ、ライカ」 ティナが、泥にまみれた右手を夜空へ伸ばす。
「私、……本当は今でも怖い。誰かに『正解』を決めてもらわないと、また家畜に戻っちゃうんじゃないかって。……一人で立つのが、死ぬほど怖いの」
ライカは、その震える指を無造作に掴み、力強く握りしめた。
「……奇遇ですね。私も、コウタさんのいない世界なんて、ただの狂った砂漠だと思ってた。……自分で考えるより、壊される方が楽だった」
二人は、握りしめた手の熱を確かめる。
「……でも、今はもう、この飯の味を忘れられない。……怖くても、自分で選んで、自分で食うわ。……それが、私たちが地獄で掴んだ『人間』の証だもん」
(中継が切れる寸前、シオンの声が震える)
「……もう、信じられないわ! 公式記録は消滅、会場は全壊! この損害賠償、誰が払うと思ってるのよ、コウタのバカァーッ!!」
シオンの絶叫と共に、d-tube の公衆向け配信がプツリと切断された。 真っ暗になった画面。 だが、コウタの手元にある、ボロボロになった特訓用端末の画面だけが、一瞬だけ青白く光った。
(……全く。本当に、世話の焼ける連中ね)
そこに映し出されたのは、いつもの派手な衣装を脱ぎ捨て、薄暗いモニター室で仮面を外したシオンの横顔だった。 その瞳には、金への執着など微塵もない。 あるのは、一つの「奇跡」を見届けた、聖母のような静かな慈しみ。
彼女は、指先で画面の中のティナとライカをそっと撫でる。 『L_White:……おめでとう。地獄をぶち壊して、地獄を愛した「人間」たち』
シオン――L_White は、深く、満足そうに溜息を吐いた。 彼女自身もまた、かつてコウタの地獄に救われた、あるいは救われなかった「過去」を持つ者。 d-tube を支配し、彼女たちが這い上がってくるための舞台を命懸けで守り続けてきた、もう一人の守護者。
『更生、完了ね。……さて、明日からの請求書の山、覚悟しなさいよ? コウタ』
最後の一行を電子の海へ流し、彼女はモニターの電源を落とした。 暗くなった部屋の中で、シオンは一人、静かに笑う。
地上では、そんな裏の顔など知る由もない師弟たちが、昇る朝日に向かって高らかな笑い声を上げ、肉を奪い合っていた。 その笑い声こそが、シオンがすべて投げ打ってでも欲しかった、世界で一番贅沢な報酬だった。




