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Aランク――そこは、科学の粋を集めた改造人間と、血統の極限に達した怪物たちが蠢く魔境。
だが、その頂点を目指す二人の少女の前に、「常識」はことごとく粉砕されていった。
「……ごめんなさい。でも、私は負けられません」
ティナの巨躯が、アリーナを揺らす。
対戦相手である、全身をチタン合金で補強されたAランク上位の重機騎士。
その音速の突進を、ティナは避けることすらしない。
「人間としての不屈」を込めたその肉体は、爆風すら飲み込んだ石切り場の記憶を呼び覚まし、衝撃をそのまま大地へと逃がす。
直後、ティナの右拳が、騎士の胸装甲を紙細工のように陥没させた。
「……ありがとうございました」
意識を失った対戦相手に深く一礼するティナの姿は、d-tubeで「戦う聖母」として崇められ、視聴者数は常に千万を超えた。
一方、別のアリーナ。
そこは、熱気ではなく「恐怖」が支配する殺戮場だった。
「遅いッ! ライカッ! その程度のスピードで、俺の飯を奪えると思っているのかッ!!」
セコンド席から身を乗り出し、野蛮な怒号を飛ばすコウタ。
ライカは、最新のナノマシンで自己修復を繰り返す再生怪人を相手に、狂気的な笑みを浮かべていた。
彼女の動きは、もはや生物のそれではない。
コウタと奪い合った「肉」のエネルギーを、瞬発的な爆発力へと変換し、空間そのものを震わせる連打を叩き込む。
「はいっ、コウタさん!! もっと……もっと重くッ!!」
ドォォォォォンッ!!
鉄球キャッチボールで鍛え上げたライカの拳が、再生怪人の肉体を細胞レベルで粉砕した。
返り血を浴びたまま、ライカはリング上でセコンドのコウタに親指を立てる。
d-tubeのコメント欄は「狂乱の師弟」「物理法則のバグ」という文字で埋め尽くされた。
ダイジェストのように繰り返される、圧倒的な連勝街道。
ある日の控室の通路。
返り血を拭うライカと、汗を拭うティナが、無言で足を止めた。
「……これ、お母さんが作った里芋。余ったから、あげる」
「……どうも。これは、コウタさんと奪い合ったニンニク肉。……負けないわよ」
二人は、互いの「勝利の味」を無造作に交換した。
かつては依存し、憎み合っていた二つの魂。
今は、別々の地獄を潜り抜け、それぞれの「正解」を掴んだ最強のライバルとして、その高みを競い合っている。
「……全勝、ですか。二人とも」
シオンがモニター越しに、震える手でデータを集計する。
Aランクの頂点。
そこには今、一人の「聖母」と、一人の「狂犬」が、並び立っていた。
二人の直接対決を求める全世界のスパチャが、ついにd-tubeの経済圏をパンクさせるほどの総額に達しようとしていた。
最終決戦の舞台として選ばれたのは、華やかな都心のスタジアムではなかった。
かつてティナが泣き叫び、ライカが爆風と戯れた、あの「石切り場」。
d-tube運営は莫大な予算を投じ、その荒野を一夜にして、全世界注目の特設アリーナへと変貌させた。
周囲には当時のままの岩壁がそびえ立ち、観客席は安全な強化ガラスの向こう側。
リングなど存在しない。
ただ、爆破の痕跡が残る平坦な大地だけが、二人の戦士を待っていた。
「……来たわね、ティナ」
西側から現れたのは、ライカ。
その背後には、以前と変わらぬ黒いブルゾンを羽織り、不機嫌そうに鼻を鳴らすコウタが控えている。
ライカの全身からは、特訓で染み付いた火薬の臭いと、あのニンニク肉の野蛮な気配が漂っていた。
「……ええ。お待たせ、ライカさん」
東側から歩み寄るのは、ティナ。
彼女の背後には、不安げながらも、娘を信じて立ち尽くす両親の姿があった。
ティナの瞳には、かつての迷いはない。
家族の愛と、己の不屈を背負った、穏やかで重厚なオーラ。
アリーナの中央で、二人は対峙した。
かつての「出来損ない」と「優等生」。
コウタという地獄を共有し、別の出口を見つけた二つの魂。
「……コウタさん。どっちが勝つと思う?」
放送席で震えるシオンが、マイク越しに問いかける。
コウタは懐からタバコを取り出し、火を点けると、紫煙を二人の間に吐き出した。
「知るか。……どっちも、俺が地獄に叩き落として、自力で這い上がってきたバカどもだ」
コウタの口元が、一瞬だけ、誰にも見えないほど僅かに緩んだ。
「……どっちが勝っても、俺の『最高』に変わりはねえよ」
その言葉を合図にするかのように。
アリーナの四隅に設置された爆破用火薬の導火線に、火が走った。
爆音と共に、最終決戦の幕が上がる。
それは、科学も合理も置き去りにした、人間としての意地と、地獄の絆が激突する、神話の始まりだった。




