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爆炎と鉄の臭いが立ち込める石切り場。
狂気の特訓が、ようやく一区切りを迎えた。
コウタは黒焦げになったブルゾンを脱ぎ捨て、岩陰に置いてあったクーラーボックスを無造作に開ける。
中には、保冷剤など入っていない。
ただ、巨大なタッパーと、新聞紙に包まれた「何か」が押し込まれていた。
「……飯だ。一気に詰め込め」
コウタが取り出したのは、爆風の熱で「ちょうどよく(?)」再加熱された、ニンニクの芽と鶏肉の炒め物。
カット野菜。生卵。
さらに彼は、新聞紙の中から「直火で焼いたばかりの塊肉」を放り投げた。
「ハァッ、……ハァッ……。……いただきます、コウタさん」
ライカは煤まみれの顔で、岩の上に座り込む。
鉄球を受け止めた腕は赤黒く腫れ上がり、指先は震えている。
だが、彼女は迷わず、素手で熱々の塊肉を掴み、野性味溢れる動作で食らいついた。
「……美味いか」
「はい。……血の味がして、最高に『生きてる』味がします」
石切り場の焦土は、もはや「特訓場」ではなく、食い倒れるまで終わらない「戦場」と化していた。
周囲には赤黒く熱せられた鉄球が転がり、砕け散った岩盤からは絶え間なく白煙が立ち昇っている。
その焦土のど真ん中で、コウタとライカは、生き残った獣のように肩で息をしながら、ドラム缶の上に並べられた「肉」を睨みつけていた。
「……早いもん勝ちだ。死にたくなければ、奪い取れッ!!」
コウタの合図と同時に、二人の手が同時に動いた。
爆風の余熱と直火で強引に焼き上げられた、野生そのものの巨大な塊肉。
コウタがその一角を鷲掴みにすれば、ライカも負けじと反対側から肉を引きちぎり、牙を剥いて食らいつく。
「ハァッ、……これは私の分です、コウタさん……ッ!」
「甘ぇわッ! 食うのも修行だと言ったはずだ!!」
二人は煤まみれの顔で、猛獣のように肉を奪い合う。
溢れ出す熱い脂。
暴力的なまでのニンニクの異臭。
かつての「師と弟」という壁はそこにはなく、ただ一つの獲物を分かち合い、競い合う、対等な「獣」としての姿があった。
格闘家としての生存戦略を、互いの口から奪い合うように詰め込んでいく。
胃袋に落ちるたびに、爆風で傷ついた細胞が熱を帯びて再起動する。
それは食事というより、魂の共鳴に近い「儀式」だった。
コウタはライカから強引に肉を奪い返すと、ガハハと野蛮な笑い声を上げた。
ライカもまた、口の周りを血と油で汚したまま、悔しそうに、しかし最高に楽しそうに笑い返す。
爆炎を照明にし、火薬の臭いを香辛料とする、ハイパー生き残りバーベキュー。
「……ティナも、今頃は何か食っているだろうな」
コウタが、半分燃えかけた煙草を燻らせながら、遠くの街の灯りを指差した。
ライカは奪い取った肉を咀嚼しながら、その灯りを見つめる。
「ええ。……きっと、あの子は綺麗な場所で、行儀よく食べているはずです。……だからこそ、私はこの『泥の味』を教えてあげたい。コウタさんと二人で掴んだ、この最強の味を」
ライカの瞳に、狂気と信頼が混ざり合った、かつてないほど明るい決意が宿る。
師匠と二人、泥を啜り、鉄を噛み、爆風の中で笑いながら奪い合ったこの飯こそが、自分を「最強の人間」にする唯一の真実。
「……ふん、言うようになったじゃねえか。……おい、最後の一切れだ。勝負しろ!!」
「望むところです、コウタさん!!」
再び導火線が焼ける臭いが漂い始める。
夜の石切り場。
地獄の食卓を笑い飛ばした二人の影が、最後の肉を懸けて、再び爆炎の中へと飛び込んでいった。
「……来いッ、ライカ!! 俺が根こそぎ叩き潰してやる!!」
石切り場の中心。
月明かりに照らされたコウタの咆哮が、夜の静寂を暴力的に引き裂いた。
彼は防具の一つも身につけず、剥き出しの拳を固めて、愛弟子の前に「壁」として立ちはだかった。
「はいっ……! コウタさん……ッ!!」
ライカもまた、その「地獄」へ喜んで身を投じる。
シュッ、と鋭い呼気と共に、彼女の体が弾丸となってコウタの懐へ飛び込んだ。
かつての彼女なら、師匠の放つ「殺気」に怯んでいただろう。
だが今のライカは、その殺気を冷徹な「データ」として処理し、自身の肉体で最適解へと書き換える。
ドォォォォォンッ!!
二人の拳が正面から激突し、周囲の小石が衝撃波で弾け飛ぶ。
コウタの「野生」の重圧がライカを押し潰そうとし、ライカの「洗練」された合理がそれを真っ向から押し返す。
一歩も引かない。
それは、互いの命を削り合い、一つの究極を練り上げる、狂気の二人三脚。
「甘いぞ!! その程度の覚悟で、俺を超えられると思っているのか!!」
コウタの、容赦のない追撃。
鉄柱のような回し蹴りが、ライカの脇腹を抉る。
バキッ、と肋骨が悲鳴を上げる音が響くが、ライカはその激痛を「自分の存在証明」として受け入れ、逆にコウタの脚を自身の肉で挟み込んだ。
「……超えます。あなたの教えを、私だけの『正解』にして!!」
ライカが、コウタの顎に向かって最短距離の掌打を放つ。
鉄球キャッチボールで培った、衝撃を一点に収束させる技術。
コウタはそれを紙一重でかわし、そのままライカの首を掴んで地面へと叩き伏せた。
ガッ!! と頭部が岩盤を砕く。
だが、ライカは倒れない。
地面を蹴り、コウタと肩を並べるように立ち上がると、そのまま師匠と背中合わせになり、虚空に向かって拳を連打した。
(……ああ、これだ)
背中越しに伝わる、コウタの圧倒的な体温。
理不尽な怒号。
血とニンニクの臭い。
一人で戦うのではない。
師匠という「地獄」を背負い、その地獄と一蓮托生で突き進むことこそが、ライカが見つけた「人間としての正道」だった。
「……ふん、マシな面構えになったな。……行くぞ、ライカ。夜明けまでに、あと一千発だ!!」
「はいっ!!」
師弟の影が、石切り場を縦横無尽に駆け抜ける。
互いを殴り、互いを高め、互いの命で互いを完成させる。




