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【再構築】


リリとの死闘から数日。

酸素カプセルの中で、ティナは深い眠りに沈んでいた。

全身を覆う包帯の下で、細胞が悲鳴を上げながら修復を繰り返している。

ふと、枕元でスマートフォンが短く震えた。

通知画面に表示されたのは、忘れるはずもない宿敵の名。

『L_White』。



メッセージは、刺すように冷たかった。

『いい試合を見せてもらった。

……でも、あの程度で私の前に立とうなんて思わないこと。

今のあなたには、まだ甘えがこびりついている』


「……っ」


甘え。

それは、ティナがかつての自堕落な自分、何者でもなかったあの堕落の時間を、心のどこかでまだ手放せていないことへの指摘だった。

ライカは、ティナがリリとの限界の境目で一瞬だけ求めてしまった「帰る場所」を見抜いている。


「……相変わらず、……嫌な目をしてるわね」


ティナはカプセルの中で、歪に口角を上げた。

ライカは、自分と同じ地獄を歩みながら、一切の温度を切り捨ててそこに立っている。

対する自分は、その温もりを抱えたまま、彼女を叩き潰そうとしている。


「見てなさいよ。……私は、その甘えを握りしめたまま、あんたの正解を壊してやるから」


暗闇の中で、ティナの瞳に宿ったのは、以前よりも深く、昏い執念の光だった。



 

【規格外の回答】


「……トラックと、綱引き?」


シオンが呆れたように、手に持っていたタブレットを止めた。

地下ジムの広大なガレージ。

そこには、コウタがかつてティナを引きずり回した、あの「地獄の軽トラ」が放置されていた。


「ええ。今の私なら、こいつを止めるだけじゃ足りない。……力ずくで、過去ごと引き戻してやるわ」


ティナは、自らの胴体に太い麻縄を巻き付けた。

第1週。

恐怖で震え、泣き叫びながらこの縄に繋がれたあの日。

今の彼女の瞳には、あの頃の「家畜」の怯えは微塵もない。


「……いいわ。壊しても知らないわよ」


シオンが運転席に乗り込み、エンジンをかける。

ブロロロ……、と腹の底を震わせる排気音。

かつては絶望の合図だったその音が、今のティナには、ただの心地よい「号砲」にしか聞こえない。


「来なさいよ、昭和の遺物!!」


ガガガッ!! と、トラックのタイヤがアスファルトを削り、猛烈な煙を上げる。

急発進。

本来なら、ティナの巨体は前方へ弾け飛ぶはずだった。


「――ぬ、んっ!!」


ドォォォォォン!!

地鳴りが響く。

ティナは、丸太のような両足を地面に深く突き立てた。

逃げるためではない。

時速四十キロ、五十キロと加速しようとする「エンジンの出力」に対し、自らの「筋力」だけで真っ向から抗う。


「……っ、ぐ、あああああ!!」


麻縄がミシミシと悲鳴を上げ、ティナの肩に食い込む。

だが、彼女は一歩も引かない。

それどころか、血走った瞳で、空転するタイヤを睨みつけ、逆に「一歩」を踏み出した。


「戻れぇッ!!」


バキバキッ、とトラックの駆動系が異音を立てる。

鉄の塊が、一人の女の力によって、物理法則に逆らって「後方」へと引きずり戻されていく。


ガシャンッ!!


ついに限界を迎えたシャフトが折れ、軽トラは黒煙を上げて沈黙した。

静寂。

ティナは、千切れかけた縄を投げ捨て、荒い息をつきながら立ち尽くした。


(……見たか、ライカ。これが、私の選んだ『温度』よ)


ライカが切り捨てた「過去」を、ティナはその腕力で、力ずくでねじ伏せてみせた。



ガレージの隅で、かつての地獄の象徴だった軽トラックが、黒煙を吐き出しながら沈黙している。

折れたシャフトと、ズタズタに引きちぎられた麻縄。

それは第1週から続いていたティナの「恐怖」が、物理的に粉砕された音でもあった。


「……はぁ、はぁ、……はぁ……ッ」


ティナは膝を突き、荒い息を吐き出す。

全身の筋肉が熱を持ち、血管がはち切れんばかりに拍動している。

けれど、その表情には絶望も苦痛もない。

ただ、やり遂げた者だけが持つ、晴れやかな空虚があった。


「……まったく、……無茶苦茶ね」


運転席から降りてきたシオンが、呆れたように、けれどどこか満足げに口角を上げた。

彼女の手にあったのは、最新鋭の解析端末ではない。

いつの間にか用意されていた、コンビニの紙パックのオレンジジュースと、冷えたスポーツドリンクだった。


「ほら、飲みなさい。……計算外のエネルギー消費よ」


「……あ、……ありがとうございます」


ティナは震える手でそれを受け取り、一気に喉に流し込んだ。

強烈な甘さと冷たさが、渇ききった内臓に染み渡っていく。

壊れたトラックの影、二人はコンクリートの床に、並んで腰を下ろした。


「……シオンさん。……私、これであの人の呪縛を、一つ壊せたでしょうか」


シオンはすぐには答えず、沈黙した鉄の塊を見つめていた。

その瞳は、かつて廃ビルで亡霊を演じていた時のような暗さはない。


「……そうね。あの人は、あなたが引きずられる姿を見て笑いたかったはずよ。……まさか、自分の愛車を力ずくで引き戻す怪物になるなんて、夢にも思っていないでしょうね」


シオンは自らのオレンジジュースを一口飲むと、遠くを見るような目で続けた。


「……私もね、あいつの隣にいた頃は、あいつの足音だけで呼吸が止まりそうだった。」


シオンが語る、静かな過去。

それは、かつての「姉弟子」としての独白だった。

ティナは、ジュースの紙パックを握りしめ、隣にいるこの歪な師匠の横顔を見つめた。

ここにあるのは、地獄の特訓でも、脳を焼く解析でもない。

ただ、同じ傷を負った者同士が共有する、静かな「安らぎ」の時間。


「……次は、オレンジじゃなくて、もっと美味しいものを食べに行きましょう。……私が、おごりますから」


「……生意気ね。……でも、いいわ。その時は、最高級のものを要求させてもらうから」


二人の間に、小さな、けれど確かな笑みがこぼれた。

背後で壊れたトラックが、パチッ、と金属の冷える音を立てる。


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