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:能力測定
コウタはジムの裏手に止まっていた、錆びだらけの軽トラックを指さした。
その荷台からは、太い麻縄が伸びている。
「……え、これ、何?」
ティナの嫌な予感は、すぐに現実となった。
コウタは無造作に縄を掴むと、ティナの胴体に何重にも巻き付けた。
「能力測定だ。お前の贅肉の下に、どれだけの根性が眠ってるか確かめる」
「無理無理! 走るなんて中学の体育以来やってないもん!」
ティナが泣き叫ぶのも無視し、コウタは運転席に乗り込んだ。
エンジンがけたたましい爆音を上げ、黒い煙を吐き出す。
「時速二十キロから始めるぞ。ついて来れなきゃ、引きずられるだけだ」
「待って! ストップ! ぎゃあああああ!?」
トラックが急発進し、ティナの体が無理やり前方へ弾け飛んだ。
重い体が地面を叩き、砂埃が口の中に入る。
必死に足を動かさなければ、アスファルトで全身を削り取られる。
「ハァッ、ハァッ……し、死ぬ、止めてぇ……っ!」
数分後、ティナの視界が白く染まった。
過呼吸と疲労で意識が遠のき、膝がガクガクと折れる。
そのまま地面に突っ伏し、ティナの意識は暗転した。
直後。
「甘えてんじゃねえぞ、コラァ!」
バシャァッ! と、氷のような冷水が顔面に叩きつけられた。
「ぶはっ!? げほっ、ごほっ……!」
鼻から水が入り、ティナは悶絶しながら飛び起きた。
目の前には、空のバケツを持ったコウタが岩のように立っている。
「気絶してる暇があったら足を動かせ。昭和じゃこれが準備体操だ」
「悪魔……! 人殺しぃ……!」
「声が出るならまだ走れるな。次は三十キロだ」
再びエンジンが唸りを上げる。
ティナの絶叫は、排気音にかき消されていった。
ひしゃげた鉄柵の向こう側で、地獄のような光景が繰り広げられていた。
爆音を上げる軽トラックと、それに引きずられながら絶叫する巨漢の少女。
たまたま通りかかった近所の大学生が、震える手でスマホのカメラを向けた。
「……これ、マジかよ。令和だぞ今」
動画がSNSにアップロードされるや否や、それは凄まじい勢いで拡散された。
「【閲覧注意】令和の絶滅危惧種、本物のスパルタジムを発見」
「この引きずられてるデブの子、生きてるの?」
「いや、見てみろよ。このトレーナー、あの伝説のコウタじゃないか?」
瞬く間にネットの海は、戦慄と興奮に包まれた。
かつて格闘界を恐怖で支配したコウタの復活。
そして、その餌食となっている謎の少女ティナ。
翌朝、ジムの入り口には数人の野次馬と、配信者らしき若者がたむろしていた。
「コウタさん! 今の時代、あんなシゴキは虐待ですよ! 何か言い分はありますか!」
カメラを向けられ、コウタは苛立ちを隠さず鼻を鳴らした。
彼はティナの首根っこを掴んで前に突き出すと、群がるカメラに向かって吠えた。
「虐待だぁ? 根性叩き直してやってるだけだ。文句があるなら、このデブより動いてから言いやがれ!」
「ちょっ、ちょっと! 私を盾にしないでよぉ! 恥ずかしい……!」
ティナは顔を真っ赤にして、贅肉のついた腕で必死に顔を隠した。
だが、視聴者たちは見逃さなかった。
何度も気絶し、水をぶっかけられながらも、ティナの瞳にはまだ光が残っていることを。
「おい見ろよ、あのデブ娘……あれだけ引きずられて、もう立ち上がろうとしてるぞ」
「ディノ血統か? 隠しきれないポテンシャルを感じる……」
批判と、それ以上の異常な期待。
落ち目だった「コウタ・ジム」が、最悪の形で世界中に再発見されてしまった。




