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トップを越えろ!  作者: たむ


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第8話 「教官の過去! 片目の奥に眠る戦場」

強さの裏には、いつも過去がある。

無言の背中に刻まれた傷は、語られぬ敗北の証か、それとも――。

少女はまだ知らない。

自分が越えようとしている“壁”が、どれほどの戦場を積み重ねてきた存在なのかを。

 旧式区画の空気は、夜になるとさらに冷たくなる。


「……今日も、ここ?」


 ヒナタが振り向くと、そこにはユズハが立っていた。

 遅い時間のはずなのに、彼女は軽い調子で壁にもたれかかっている。


「うん。ちょっとだけ……」

「“ちょっと”で、鉄塊とにらめっこする人、初めて見た」


 苦笑するユズハに、ヒナタは肩をすくめた。


(勝っても、負けても、結局ここに戻ってきちゃうんだよね……)


 そのときだった。


「――無駄な力が、まだ抜けきっていないな」


 低い声が、区画の奥から響いた。


「き、キリサキ教官!?」


 影から現れたのは、腕を組んだキリサキだった。


「時間外訓練は黙認している。

 だが、“型”が崩れたままだ」


「す、すみません……!」


 ヒナタは思わず背筋を伸ばす。


「……押してみろ」


「え?」


 キリサキは何も説明せず、鉄塊の前に立った。


「貴様のやり方でいい。

 一度、全力で」


「は、はい!」


 ヒナタは歯を食いしばり、鉄塊に両手を当てた。


「うぅぅ……っ!」


 だが――動かない。


「……もう一度」


「は、はいっ……!」


 再び、力を込める。

 けれど、結果は同じだった。


「……力が、入らない……」


 ヒナタの声が、悔しさで震える。


「違う」


 キリサキは、静かに言った。


「“力に頼れなくなった”だけだ」


 そう言って、彼はヒナタの横に立った。


「よく見ていろ」


 キリサキは、鉄塊に手をかける。

 大きくもなく、派手でもない、最小限の動き。


 ――ギィ……。


 さっきまでびくともしなかった鉄塊が、ゆっくりと動いた。


「……え……」


「重心、角度、摩擦。

 それだけだ」


「そんな……簡単な……」


「簡単なことほど、難しい」


 キリサキはそう言って、ふっと目を伏せた。


「……教官って、昔からこうだったんですか?」


 思わず、ヒナタは聞いてしまった。


 キリサキは答えなかった。

 だが、ユズハが小さく息を呑む。


「……ヒナタ」


 ユズハは、ぽつりと呟いた。


「教官、昔……

 “力だけで戦ってた人”だったんだよ」


「え……?」


「誰よりも強くて、誰よりも速くて、

 誰よりも多くの敵を倒して――」


 ユズハの声が、少しだけ低くなる。


「それで、たった一度だけ……

 “守れなかった戦場”があった」


 区画の空気が、ひどく重くなった。


「……そのときに、今の“片目”を失ったって……本当ですか?」


 ヒナタの言葉に、キリサキがゆっくりと顔を上げた。


「……ああ」


 短い肯定。


「では……そのとき、守れなかったのは……」


「部下だ。

 まだ、子どもだった」


 ヒナタの喉が、かすかに鳴った。


「……力が足りなかったんですか?」


「違う」


 キリサキは、きっぱりと言った。


「“力だけに頼った”。

 だから、見落とした。

 部下の恐怖も、退路も、限界も――」


 静かな声だった。

 だが、その奥には、長い時間の重さがあった。


「それ以来、私は“強さ”という言葉を信じていない」


「……」


「信じているのは、“判断”と“退く勇気”だ」


 ヒナタは、ゆっくりと息を吸った。


「……私、ずっと“越えたい”って思ってました。

 トップも、教官も、全部」


「それでいい」


 キリサキは、初めてヒナタをまっすぐ見た。


「だがな。

 “越える”というのは、

 相手の過去ごと、背負うという意味でもある」


「……背負う……」


「貴様がいつか、私を越えるときが来たら――

 そのときは、この傷ごと、持っていけ」


 その言葉に、ヒナタの胸が、ぎゅっと締めつけられた。


「……はい」


 小さな返事だったが、確かに届いたはずだった。

強さとは、前に進む力だけではない。

ときにそれは、退けなかった過去や、置いてきた誰かの重さとして残り続ける。

アオイ・ヒナタは今日、初めて「越える」という言葉の裏にある責任を知った。

それでも彼女は、歩みを止めない。

背負う覚悟ごと、前へ進むために。

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