第77話 「次の檻」
檻が変わるとき、
人は自由に近づいたと思い込む。
だが本当は、
“より用途に沿った檻”へ
移されただけのことも多い。
移送は、
ひどく静かに行われた。
重装甲の輸送車。
窓のない車内。
揺れも、加速も、ほとんど感じない。
ヒナタは、
拘束されていない両手を、
膝の上でぎゅっと握りしめていた。
◇ ◇ ◇
「……まだ……
“連れていかれてる”って……
感じが……
しない……」
思わず、呟く。
◇ ◇ ◇
「……それが……
一番、嫌なパターンだ……」
向かいに座るチサが、
低く答えた。
「……“自分の意思で来た気分”に……
させるやつだ……」
◇ ◇ ◇
レイは、
車内の振動パターンと、
無音のエンジン周期から、
すでに場所を割り出しかけていた。
「……高度、上昇……
大気圏上層へ……」
◇ ◇ ◇
「……空……?」
ヒナタの声が、
わずかに跳ね上がる。
◇ ◇ ◇
「……おそらく……
“地上ではない管理領域”です……」
レイの声は、相変わらず冷静だった。
「……地上法も……
軍規定も……
どちらにも……
完全には属さない……」
◇ ◇ ◇
チサが、
小さく笑った。
「……要するに……
“何でもアリの檻”だな……」
◇ ◇ ◇
その直後。
輸送車全体が、
ふっと、
無重力の感覚に包まれた。
◇ ◇ ◇
「……出た……」
チサが歯を鳴らす。
「……大気圏、離脱……」
◇ ◇ ◇
数分後――
床に、
かすかな振動が戻る。
今度は、
人工重力の感触だった。
◇ ◇ ◇
――《ドッキング完了》
――《移送対象、下車》
無機質な音声が響く。
◇ ◇ ◇
扉が開く。
そこに広がっていたのは――
宇宙空間を背景にした、巨大な白い施設だった。
◇ ◇ ◇
透明な外壁の向こうに、
群青色の地球が、
ゆっくりと回っている。
◇ ◇ ◇
「……きれい……」
ヒナタが、
思わず息を呑む。
◇ ◇ ◇
「……騙されるな……」
チサが、
低く言う。
「……こんなに綺麗な場所に……
“檻”を作るのが……
一番……
性格が悪い……」
◇ ◇ ◇
三人は、
白を基調とした通路を、
無言で進まされる。
途中、
何度もすれ違う兵士たちは、
これまでとは違う――
研究員寄りの装備をまとっていた。
◇ ◇ ◇
(……戦う人たち……
じゃない……)
(……“使う人たち”だ……)
ヒナタの胸の奥で、
“鍵”が、
わずかに、不穏に鳴った。
◇ ◇ ◇
やがて、
広い観測ドームへ通される。
中央には、
直径十数メートルの円形ステージ。
周囲を囲むのは、
階段状に配置された
無数の観測席と、
光る端末群。
◇ ◇ ◇
そこに、
白衣姿の人々が、
すでに待っていた。
◇ ◇ ◇
「……ようこそ……」
その中から、
一人の中年の男が前に出る。
「……《位相特別観測施設・オルビタ》へ……」
◇ ◇ ◇
「……オルビタ……?」
ヒナタが、
小さく繰り返す。
◇ ◇ ◇
「……あなた方は……」
男は、
何の感情も込めずに続けた。
「……“収容対象”ではありません……」
一拍。
「……“実験系の中核要素”です」
◇ ◇ ◇
空気が、
一段、冷えた。
◇ ◇ ◇
「……つまり……」
チサが、
目だけ笑って聞く。
「……“檻”じゃなくて……
“水槽”ってことか……?」
◇ ◇ ◇
男は、
否定もしなかった。
「……観測と……
再現と……
誘導のための……
場です……」
◇ ◇ ◇
ヒナタの喉が、
小さく鳴る。
「……誘導……?」
◇ ◇ ◇
「……第三勢力との……
“次回接触”を……
意図的に……
起こします……」
◇ ◇ ◇
その言葉が、
はっきりと、
三人の背中を打った。
◇ ◇ ◇
「……なに……
勝手に……
決めてんだ……」
チサの声に、
初めて明確な怒りが混じる。
◇ ◇ ◇
「……あなた方がいなければ……
接触そのものが……
成立しません……」
男は、
それだけを事実として告げた。
◇ ◇ ◇
レイが、
低く問いかける。
「……つまり……
私たちは……
“餌”ですか……?」
◇ ◇ ◇
男は、
一瞬、視線を伏せ――
それでも、首を横に振らなかった。
◇ ◇ ◇
ヒナタの胸が、
ぎゅっと締めつけられる。
(……やっぱり……)
(……これは……
“次の檻”だ……)
◇ ◇ ◇
「……安心してください……」
男は、
意味もなく、そう言った。
「……“代替発声事故”は……
再発させません……」
◇ ◇ ◇
「……どうやって……」
ヒナタが、
小さく問う。
◇ ◇ ◇
「……あなた方三人を……」
一拍。
「……最初から“前提条件”として……
配置するのです」
◇ ◇ ◇
その言葉の意味は、
あまりにも明確だった。
止めるための存在ではなく、
起こすための存在として使う。
◇ ◇ ◇
チサが、
ゆっくりと拳を握る。
「……世界は……
懲りねえな……」
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
震える声で言った。
「……誰かが……
“代わり”になる構造を……
壊したのに……」
◇ ◇ ◇
「……だからこそです……」
男は、
淡々と答える。
「……構造が壊れたから……
“新しい構造”が……
必要なのです……」
◇ ◇ ◇
その瞬間、
ヒナタは、
はっきりと理解してしまった。
ここは、
守るための場所ではない。
“もう一度、正しい形で壊すための場所”だった。
◇ ◇ ◇
ドーム外壁の向こうで、
地球が、ゆっくりと回る。
何も知らない星。
何事もなかったような星。
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
その青を見つめながら、
小さく呟いた。
「……次は……
止めるだけじゃ……
足りないんだ……」
◇ ◇ ◇
「……ああ……」
チサが、
静かに答えた。
「……“ここそのもの”を……
壊さないと……
終わらない……」
◇ ◇ ◇
レイは、
静かに結論を口にする。
「……私たちは……
“次の戦場”へ……
到達したようです……」
三人が移送された先は、ただの隔離施設ではなかった。
そこは、第三勢力との“次の接触”を意図的に起こすための実験場。
守るための檻ではなく、壊すための水槽だった。
止める存在だった三人は、
今度は“起こす前提の装置”として扱われようとしている。
ヒナタは理解した。
次に求められるのは、事故を止めることではない。
「この仕組みそのものを終わらせる戦い」なのだと。




