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トップを越えろ!  作者: たむ


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第76話 「保留された三人」

裁かれないということは、

許されたという意味じゃない。

それはただ、

“世界がまだ答えを持っていない”

というだけの話だ。

 地下拘束区画・共用静養室。


 白い壁。

 低い天井。

 医療区画と居住区画の中間のような、

 用途のはっきりしない部屋だった。


 その中央に、

 三つの簡易ベッドが並んでいる。


◇ ◇ ◇


 ヒナタが戻されたとき、

 すでにチサとレイは、

 それぞれのベッドに腰かけていた。


 拘束具は外されている。

 だが、空気そのものが、

 目に見えない檻のようだった。


◇ ◇ ◇


「……おかえり……」


 チサが、

 ぶっきらぼうに言う。


 それでもその声は、

 どこか、確かに安堵していた。


◇ ◇ ◇


「……同じだった……?」


 ヒナタが、

 そっと聞く。


◇ ◇ ◇


 レイが、

 静かにうなずいた。


「……“保留”です……」


「……処分も……

 解放も……

 されませんでした……」


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、

 その場に、へたり込むように座った。


「……よかった……」


 声は、

 かすれていた。


◇ ◇ ◇


「……“よかった”って……」


 チサが、

 苦笑する。


「……ずいぶん……

 曖昧な言葉だな……」


◇ ◇ ◇


「……うん……」


 ヒナタは、

 小さく笑った。


「……でも……

 “いなくならなかった”……」


「……それだけで……

 今は……

 十分……」


◇ ◇ ◇


 しばらく、

 誰も何も言わなかった。


 空調の音だけが、

 一定のリズムで流れている。


◇ ◇ ◇


 最初に口を開いたのは、

 レイだった。


「……私たちは……

 今……

 “世界の外縁”に……

 置かれています……」


「……世界が……

 答えを出せない存在……」


◇ ◇ ◇


「……追い出されたわけでも……

 戻されたわけでもない……」


 チサが、

 天井を見上げながら言う。


「……中途半端……

 この上ないな……」


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、

 胸に手を当てる。


 “鍵”は、

 これまでよりも、

 静かだった。


 だが――

 消えてはいない。


(……保留……)


(……でも……

 “止めろ”とも……

 言われてない……)


◇ ◇ ◇


「……ねえ……」


 ヒナタが、

 恐る恐る口を開く。


「……これから……

 どうなるのかな……」


◇ ◇ ◇


 チサは、

 少しだけ考えてから答えた。


「……さあな……」


「……でも……

 少なくとも……」


 一拍。


「……“今まで通り”には……

 戻れない……」


◇ ◇ ◇


「……それは……

 確かです……」


 レイも、静かに続ける。


「……第三勢力との構造も……

 人類側との立場も……」


「……すでに……

 不可逆点を……

 越えています……」


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、

 その言葉を、

 ゆっくりと飲み込んだ。


「……じゃあ……」


「……私たち……

 どこに……

 行くの……?」


◇ ◇ ◇


 チサは、

 少しだけ、口角を上げた。


「……そんなの……

 最初から……

 決まってるだろ……」


◇ ◇ ◇


「……え……?」


 ヒナタが、

 きょとんとする。


◇ ◇ ◇


「……“誰も代わりにならない場所”だ……」


 チサの言葉は、

 ぶっきらぼうで、

 それでも、まっすぐだった。


「……誰かが……

 呼ばれて……

 勝手に……

 消えていく……」


「……そんな世界の……

 “仕組みそのもの”を……

 壊しに行く……」


◇ ◇ ◇


 レイが、

 そっと補足する。


「……私たちは……

 もはや……

 “防衛の部品”ではありません……」


「……“問いの当事者”に……

 なってしまいました……」


◇ ◇ ◇


 ヒナタの胸が、

 少しだけ、強く脈打つ。


「……当事者……」


◇ ◇ ◇


「……そう……」


 レイは、

 静かに言った。


「……世界が……

 答えを出せないなら……」


「……私たちが……

 “問い続ける側”になるしか……

 ありません……」


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、

 その言葉を聞いて、

 しばらく黙り込んだ。


 怖い。

 正直、怖い。


 だが――

 胸の奥で、

 “鍵”が、

 これまでよりも、

 ずっと静かで、

 安定した重さで鳴っている。


◇ ◇ ◇


「……私……」


 ヒナタは、

 小さな声で言った。


「……まだ……

 答えなんて……

 分からない……」


◇ ◇ ◇


「……それでいい……」


 チサが、

 即座に返す。


「……分からないまま……

 “代わりが出る構造”を……

 許さない奴らが……

 一番……

 厄介なんだ……」


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、

 思わず、小さく笑った。


「……それ……

 褒めてる……?」


◇ ◇ ◇


「……半分くらいはな……」


 チサも、

 ほんの少しだけ笑う。


◇ ◇ ◇


 レイは、

 三人を見渡して、

 静かに言った。


「……私たちは……

 “世界に保留された存在”です……」


「……ですが……」


 一拍。


「……“自分たちの答えまで……

 保留する必要”は……

 ありません……」


◇ ◇ ◇


 その言葉は、

 不思議と、

 ヒナタの胸に、すっと入ってきた。


(……誰も……

 代わりにしない……)


(……そのために……

 私は……

 ここに……

 いるんだ……)


◇ ◇ ◇


 そのとき。


 天井の小さなスピーカーから、

 無機質な声が響く。


――《保留対象三名に告知》

――《隔離観察期間を……

 “延長”ではなく……

 “移送”へ変更》


◇ ◇ ◇


「……移送……?」


 ヒナタが、息を呑む。


◇ ◇ ◇


――《あなた方は……

 “管理下にある未定義要素”として……

 次段階へ……

 移行します》


◇ ◇ ◇


 チサが、

 小さく舌打ちする。


「……要するに……

 “次の檻”ってことだな……」


◇ ◇ ◇


 だが、ヒナタは、

 なぜか、

 ほんの少しだけ――

 胸が、前を向いた。


「……でも……」


「……まだ……

 消されては……

 いない……」


◇ ◇ ◇


 レイが、

 静かにうなずく。


「……はい……」


「……それは……

 “世界が……

 まだ……

 あなたを……

 切り捨てる勇気を……

 持てていない”……

 ということです……」


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、

 小さく、深呼吸した。


 怖い。

 分からない。

 先は、見えない。


 それでも――

 三人は、

 同じ部屋にいた。


 それだけで、

 今は、十分だった。


◇ ◇ ◇


 遠くで、

 また、

 人間の足音が響く。


 けれど今回は、

 “連行される音”ではなかった。


 “次の段階へ進む音”だった。

三人は処分されなかった。

だが、元の場所へ戻されることもなかった。

“保留”とは、世界が答えを出せない証であり、

同時に、切り捨てる覚悟も持てない証だった。

それでもヒナタたちは知った。

世界に答えを与えられなくても、

“代わりが出る構造を否定する”という自分たちの意志だけは、

もう保留にはしないと。

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