第75話 「尋問室」
世界はいつも、
正しさを証明させたがる。
だが本当に試されるのは、
“正しいかどうか”ではなく、
“それでも立ち続けるかどうか”だ。
重装輸送車が停止したのは、
地球連合中央施設・地下拘束区画だった。
ではない。
正確には――
「司法」でも「医療」でも「研究」でもない、
“判断専用区画”。
それが、この場所の正式な役割だった。
◇ ◇ ◇
三人は、
それぞれ別々に引き離され、
個別の小部屋へと連れて行かれる。
ヒナタの部屋は、
無機質な白い壁と、
中央に固定された椅子がひとつ。
天井には、
カメラとも照明とも区別のつかない機器が並んでいた。
◇ ◇ ◇
拘束具が外され、
ヒナタは、
ゆっくりと椅子に座らされる。
扉が閉まる。
音がしない。
完全な密閉だった。
◇ ◇ ◇
「……ここは……
病院……?」
ヒナタの声は、
わずかに震えていた。
◇ ◇ ◇
「……“質問室”です……」
壁の一部が歪み、
映像越しに、
一人の女性が現れる。
白衣でも、軍服でもない。
ただの“判定官”だった。
◇ ◇ ◇
「……アオイ・ヒナタ少尉……」
「……あなたの行動は……
地球連合規定により……」
一拍。
「……“未定義危険行為”に分類されました」
◇ ◇ ◇
「……未定義……?」
ヒナタは、
小さく聞き返す。
◇ ◇ ◇
「……はい……」
「……あなたの行動は……
成功でも失敗でもなく……
“判断不能”です……」
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
言葉に詰まった。
成功ではない。
失敗でもない。
ただ――
「判断不能」。
それは、
“答えとして処理できない”という意味だった。
◇ ◇ ◇
「……あなたが行った複数発声構造……」
「……その結果……
第三勢力による“代替発声事故”は……
確かに……
発生しませんでした……」
◇ ◇ ◇
ヒナタの胸が、
ほんの少しだけ、軽くなる。
◇ ◇ ◇
「……しかし……」
判定官は続ける。
「……同時に……
あなた方は……
第三勢力の問い構造を……
“意図的に不安定化”させました……」
◇ ◇ ◇
「……それ……
ダメ……なの……?」
ヒナタの声は、
かすれていた。
◇ ◇ ◇
「……“不安定化”は……
すなわち……
“予測不能化”です……」
「……我々は……
予測不能な存在を……
“敵と同じ分類”に置きます……」
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
思わず、椅子の肘掛けを握る。
「……私たち……」
「……人を……
守っただけなのに……」
◇ ◇ ◇
「……あなたが守ったのは……
“今この瞬間の人命”です……」
「……我々が守るのは……
“未来の秩序”です……」
◇ ◇ ◇
その言葉は、
あまりにも、冷たく正しかった。
◇ ◇ ◇
「……未来のためなら……」
ヒナタは、
震えながら言った。
「……今の人は……
“代わりになってもいい”って……
こと……?」
◇ ◇ ◇
判定官は、
一瞬だけ、視線を逸らした。
それが、
すべての答えだった。
◇ ◇ ◇
「……あなたは……
“代替発声事故”が……
再発する可能性を……
どう考えていますか……?」
突然、
問いが投げられる。
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
すぐに答えられなかった。
でも――
逃げなかった。
「……可能性は……
あると思う……」
一拍。
「……だから……
私たちは……
止め続けなきゃいけない……」
◇ ◇ ◇
「……止め続ける……?」
判定官が、
わずかに眉を動かす。
◇ ◇ ◇
「……はい……」
ヒナタは、
はっきり言った。
「……完全に……
分からなくなるまで……
止める……」
「……“分からない”って……
言い切れるまで……
止めない……」
◇ ◇ ◇
「……それは……
終わらない戦いを……
選ぶということです……」
◇ ◇ ◇
「……うん……」
ヒナタは、
小さくうなずいた。
「……でも……
“誰かが代わりになる戦い”より……
ずっといい……」
◇ ◇ ◇
天井の機器が、
かすかに音を立てる。
判定官の背後で、
何人もの“非表示の判断者”が、
同時に情報を見ている気配がした。
◇ ◇ ◇
「……あなたは……」
判定官が、
静かに告げる。
「……自分が……
“秩序の敵になる可能性”を……
理解した上で……
それでも……
同じ選択をしますか……?」
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
ほんの少しだけ、
怖い顔をした。
でも、
視線は逸らさない。
「……します……」
即答だった。
◇ ◇ ◇
「……なぜ……?」
◇ ◇ ◇
「……私……」
ヒナタは、
胸に手を当てた。
「……誰かが……
“代わり”に……
呼ばれる音……」
「……もう……
聞きたくないから……」
◇ ◇ ◇
判定官は、
しばらく沈黙した。
その沈黙は、
否定でも肯定でもなく、
“処理中”の間だった。
◇ ◇ ◇
「……あなたの回答は……
記録します……」
「……それは……
“正しい”とも……
“間違っている”とも……
今は……
判断しません……」
◇ ◇ ◇
そして、
最後に、こう告げた。
「……あなたは……
“保留対象”です……」
◇ ◇ ◇
「……保留……?」
ヒナタは、
小さく繰り返した。
◇ ◇ ◇
「……はい……」
「……“処分”でも……
“解放”でもありません……」
「……あなたは……
“世界が答えを出せない存在”として……
しばらく……
この位置に……
置かれます……」
◇ ◇ ◇
その瞬間、
ヒナタは初めて気づいた。
自分は――
“裁かれている”のではなく、
“世界ごと迷わせている”のだと。
◇ ◇ ◇
扉が、
静かに開く。
「……部屋に戻ってください……」
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
立ち上がりながら、
最後に小さく言った。
「……チサと……
レイは……?」
◇ ◇ ◇
判定官は、
わずかに間を置いて答えた。
「……あなたと……
同じです……」
その言葉が、
今のヒナタには、
何よりの救いだった。
ヒナタは「正しいか」「間違っているか」では裁かれなかった。
世界は彼女を“判断不能=保留対象”とした。
それは処分でも解放でもない、
“答えを出せない存在”としての隔離だった。
ヒナタの選択は、世界の秩序を壊したわけではない。
ただ、世界が拠り所にしてきた
「代わりが出る構造」を、否定してしまっただけだった。




