第74話 「連行」
守った相手に、
縛られることがある。
それでも人は、
守ったという事実まで、
後悔できるほど、
器用にはできていない。
《サイレンス・ピット》内部。
赤色の非常灯が、一定のリズムで明滅している。
外扉の向こうに、
重装歩兵の足音が、はっきりと響いていた。
金属が床を叩く音。
装甲が擦れる音。
呼吸器の低い作動音。
第三勢力の静かな“圧”とは違う。
これは、人間の、暴力の音だった。
◇ ◇ ◇
「……本気で来たな……」
チサが、低くつぶやく。
冗談めかした口調でも、
どこにも余裕はなかった。
◇ ◇ ◇
レイは、端末を確認する。
「……外周、完全包囲……
脱出ルート、ゼロ……」
淡々と告げる声が、
逆に、事態の深刻さを際立たせた。
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
その場から動けずにいた。
胸の奥の“鍵”が、
ざわざわと、不安定に鳴っている。
(……第三勢力じゃ……ない……)
(……“人間の意思”に……
捕まえられる……)
◇ ◇ ◇
外扉が、
重たい音を立てて開く。
白いライトが、
通路から一気に流れ込む。
その中に、
黒い装甲服の兵士たちが、
整然と並んで立っていた。
◇ ◇ ◇
――《対象三名、発見》
――《確保フェーズに移行》
無機質な合成音声が響く。
◇ ◇ ◇
「……アオイ・ヒナタ少尉」
隊長格と思われる兵士が、
静かに名を呼んだ。
「……あなたは、
本日付で……
発声点資格を正式に剥奪され……」
「……特別管理対象として、
直ちに連行されます……」
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
言葉を失った。
資格を剥奪される――
それは守られることでも、
解放されることでもない。
“存在の扱いを、世界が決め直す”
という意味だった。
◇ ◇ ◇
「……理由は……?」
ヒナタが、震える声で聞く。
◇ ◇ ◇
「……“秩序の維持”です」
兵士は、
即答した。
◇ ◇ ◇
その言葉に、
チサが、
思わず笑った。
「……便利な言葉だな……」
「……何かあったら……
全部……
“秩序”で片づく……」
◇ ◇ ◇
「……抵抗は……
しないでください」
兵士が、
静かに警告する。
「……武装解除されていない以上……
こちらは……
“実力行使”を許可されています……」
◇ ◇ ◇
ヒナタの手が、
小さく震えた。
怖い。
どうしようもなく、怖い。
だが――
足は、前に出なかった。
◇ ◇ ◇
その瞬間。
チサが、
ヒナタの前に、
はっきりと立ちはだかった。
「……触るな……」
◇ ◇ ◇
「……少尉、下がってください」
兵士の声が、
わずかに硬くなる。
◇ ◇ ◇
「……下がらない……」
チサは、
一歩も引かなかった。
「……連れていくなら……
まず……
私からにしろ……」
◇ ◇ ◇
「……チサ……!」
ヒナタの声が、
思わず上ずる。
◇ ◇ ◇
その隣に、
レイも並んだ。
「……私も……
“複数発声構造の構成員”です……」
「……対象から……
私を除外する合理性は……
存在しません……」
◇ ◇ ◇
三人が、
一直線に並ぶ。
人類の兵士たちと、
真正面から睨み合う形になる。
◇ ◇ ◇
しばらく、
緊張だけの時間が流れた。
◇ ◇ ◇
やがて、隊長が、
小さくため息をついた。
「……予想通りですね……」
「……“三名一括確保”に……
命令を変更します……」
◇ ◇ ◇
――《目標変更》
――《対象三名、同時確保》
冷たい音声が、
三人に宣告する。
◇ ◇ ◇
「……分かってた……」
チサが、
小さく苦笑した。
「……どうせ……
一人だけ……
なんて……
選ばせてくれない……」
◇ ◇ ◇
「……でも……」
ヒナタが、
震える声で言った。
「……一緒なら……」
一拍。
「……一人で……
連れていかれるより……
ずっと……
いい……」
◇ ◇ ◇
兵士たちが、
一斉に動き出す。
無駄のない動作。
抵抗を前提とした距離の詰め方。
◇ ◇ ◇
最初に、
ヒナタの両腕が押さえられた。
冷たい金属の感触。
拘束具が、
カチリ、と音を立てて閉じる。
◇ ◇ ◇
「……っ……」
小さく、息が漏れた。
◇ ◇ ◇
すぐ横で、
チサも、
無言で拘束されていた。
歯を食いしばり、
悔しさを押し殺している。
◇ ◇ ◇
レイは、
ただ、静かに目を閉じた。
最初から、
こうなると分かっていたかのように。
◇ ◇ ◇
「……移動します」
隊長の声が響く。
◇ ◇ ◇
三人は、
そのまま、
施設の外へと連れ出される。
夜の風が、
やけに冷たかった。
◇ ◇ ◇
空には、
星が見えていた。
何事もなかったかのように、
いつもと同じ宇宙が広がっている。
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
その星空を見上げながら、
小さくつぶやいた。
「……私……」
「……世界を……
守ったつもり……
だったんだけどな……」
◇ ◇ ◇
チサが、
顔を向けずに答える。
「……ああ……」
「……たぶん……
それは……
間違ってない……」
◇ ◇ ◇
レイも、
低く続けた。
「……“正しさ”と……
“許可”は……
別の概念です……」
◇ ◇ ◇
三人は、
重装輸送車の中へ押し込まれる。
扉が、
無慈悲に、閉まった。
◇ ◇ ◇
暗闇。
緩やかな振動。
そして、
遠ざかっていく《サイレンス・ピット》。
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
拘束された手を、
ぎゅっと握った。
怖い。
先が、何も見えない。
それでも――
(……一人じゃ……ない……)
その事実だけが、
かろうじて、
彼女の心を、つなぎ止めていた。
こうして三人は、
“世界を壊した者”としてではなく、
“世界に許されなかった者”として、
連行されていった。
複数発声構造を生んだ三人は、第三勢力ではなく人類側によって連行された。
それは処罰というより、「秩序の外へ追い出される」ことに近い。
誰も失わなかったという結果よりも、
制御不能になったという事実のほうが、世界にとっては恐怖だった。
ヒナタは初めて、
“守ったはずの世界に拒絶される”という現実を突きつけられた。
それでも彼女は、一人ではなかった。




