第68話 「世界は答えを持たない」
問いを投げられたとき、
すべての世界が、
答えを持っているわけじゃない。
沈黙もまた、
ひとつの“反応”なのだから。
地球連合・臨時対策本部。
前夜の交信記録が、
巨大スクリーンに映し出されていた。
ヒナタの声。
第三勢力の“意味だけの言葉”。
そして――
分類変更のログ。
――《対象区分:交渉対象へ再定義》
◇ ◇ ◇
重苦しい沈黙が、
会議室を支配していた。
「……信じられるか……?」
軍務官が、かすれた声で言う。
「……あれだけの被害を出した存在が……
“問う存在”に変わっただと……?」
◇ ◇ ◇
「……変わったのは……
“向こう”ではなく……
“状況”です……」
研究主任が、淡々と答える。
「……ヒナタ少尉の“返答”により……
“奪取ルート”が、
いったん否定されただけ……」
◇ ◇ ◇
「……つまり……
また次は……
何をしてくるか分からない……?」
治安部門の責任者が問う。
「……はい……」
即答だった。
◇ ◇ ◇
そのとき。
司令官が、低く、重たい声で言った。
「……この状況で……
“対話”を容認し続けるのか……?」
「……それとも……
交渉対象そのものを……
“遮断”するのか……」
◇ ◇ ◇
その言葉の意味は、
誰にでも分かった。
ヒナタを、完全に隔絶する。
もしくは――
“鍵”として切り離す。
◇ ◇ ◇
「……司令官……」
研究主任が声を低める。
「……今、ヒナタ少尉を失えば……
第三勢力との“対話の窓口”も……
二度と……」
「……我々は……
“窓口”を守るために……
世界を賭けているのか……?」
司令官の一言で、
すべてが止まった。
◇ ◇ ◇
一方――
特別隔離居住ブロック。
ヒナタは、
屋上の境界フェンスにもたれて、
雲の流れを眺めていた。
昨夜の通信のあと、
胸の“鍵”は、
異様なほど静かだった。
(……聞くって……
言ってた……)
(……でも……
次に来るのは……
“問い”……だよね……)
◇ ◇ ◇
そこへ、
チサがゆっくりと歩いてくる。
境界の外側で、
足を止める。
「……世界がな……」
「……あんたの
“対話”に……
ついて来れてない……」
◇ ◇ ◇
「……うん……
分かる……」
ヒナタは、
小さくうなずいた。
「……でもね……」
風にまぎれるほど小さな声。
「……“殴られたから殴り返す”
しかできない世界に……」
「……私……
もう……
戻れない……」
◇ ◇ ◇
その言葉に、
チサは、唇を噛みしめた。
「……それでも……
世界は……
“答え”を欲しがる……」
「……白か……
黒かだ……」
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
ゆっくりと首を横に振った。
「……私が……
昨日……
もらったのは……」
「……白でも……
黒でもない……」
「……“分からない”っていう答え……」
◇ ◇ ◇
「……それを……
世界は……
受け取れない……」
チサの声は、
どこか諦めに近かった。
◇ ◇ ◇
その夜。
対策本部から、
機密回線が隔離ブロックへ直結する。
司令官の顔が、
モニターに映った。
「……アオイ・ヒナタ少尉……」
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
まっすぐ画面を見つめた。
「……はい……」
◇ ◇ ◇
「……明日以降……」
一拍。
「……あなたとの直接交信は……
すべて……
凍結される可能性がある……」
その言葉は、
静かに、
だが決定的に落ちた。
◇ ◇ ◇
「……理由は……
“世界が……
あなたの答えを……
まだ……
受け取れる状態にない”
からです……」
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
すぐには返事をしなかった。
そして――
ほんの少しだけ、
微笑んだ。
「……それなら……」
「……私が……
間違ってたって……
ことですね……」
◇ ◇ ◇
司令官の表情が、
わずかに曇る。
「……そうではない……
ただ……」
「……“正しすぎた”……」
◇ ◇ ◇
通信が切れる。
静寂が戻る。
◇ ◇ ◇
チサが、
フェンス越しに言った。
「……凍結って……
つまり……
“黙れ”ってことだ……」
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
しばらく空を見上げたまま、
静かに答えた。
「……うん……」
「……でも……
第三勢力は……
“問い”を……
やめない……」
◇ ◇ ◇
その瞬間。
胸の奥の“鍵”が、
ごく微かに――
“音にならない音”を鳴らした。
《……次の問いを……
用意する……》
直接の言葉ではない。
それでも、
はっきりと“意志だけ”が伝わった。
◇ ◇ ◇
「……ほら……」
ヒナタは、
小さく苦笑した。
「……世界が……
黙れって言っても……」
「……“問いのほう”は……
止まらない……」
◇ ◇ ◇
チサは、
何も言えなくなった。
ヒナタの背中は、
以前よりもずっと、細い。
それでも――
誰よりも、
まっすぐに、“問いの前”に立っていた。
◇ ◇ ◇
世界は、
答えを持たなかった。
だから――
ヒナタ一人が、
問いの中に、
取り残された。
それが、この夜の結論だった。
ヒナタの対話は、第三勢力には届いた。
だが世界には、まだ早すぎた。
白か黒か、敵か味方か――
その二択しか持たない世界は、
「分からない」という答えを受け取れなかった。
そして世界は、ヒナタの声を“凍結”することで、
問いそのものから目を逸らそうとした。
だが問いは、沈黙では止まらない。




