表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トップを越えろ!  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/91

第65話 「フェンスの向こうで」

境界は、

守るために引かれる。

けれどその線は、

“守られない側”の存在を、

ときに静かに切り捨てる。

 深夜。

 第七再生都市・特別隔離ブロック外縁部。


 フェンスの外は、

 まだ復興の途中にある区域だった。


 街灯の数も少なく、

 人通りもまばら。


 それでも――

 そこは、

 “誰かの生活が続いている場所”だった。


◇ ◇ ◇


 若い作業員の男性が、

 修復用資材を肩に担ぎながら、

 フェンス沿いの通路を歩いていた。


「……今日も夜勤かぁ……」


 愚痴をこぼしながら、

 彼は足元の端末ライトを確認する。


◇ ◇ ◇


 そのとき――


 彼の“影”が、

 一瞬だけ、

 足元から離れた方向へ伸びた。


「……え……?」


 男性が、足を止める。


 風もない。

 照明は、一定。


 なのに、

 影だけが、

 “ずれる”。


◇ ◇ ◇


「……なんだ……

 今の……」


 次の瞬間。


 背後で、

 “足音のない足音”が鳴った。


 コツ――

 と、確かに“意志の重さ”だけが伝わる音。


◇ ◇ ◇


 振り返る前に、

 男性の体が、

 ふわりと宙に浮いた。


「……え……?」


 重力が、

 一瞬だけ“消える”。


 そして次の瞬間――

 彼は、

 見えない“何か”に、ゆっくりと引きずられた。


◇ ◇ ◇


 フェンスの警告ライトが、

 赤く点灯する。


――《外縁部・不明重力異常感知》

――《生命反応、急速移動中》


◇ ◇ ◇


 隔離ブロック内部。

 ヒナタの部屋。


 突然、

 胸の奥が、焼けるように熱くなった。


「……っ……!」


 ヒナタは、

 思わずベッドから立ち上がる。


(……今……

 “悲鳴”……)


(……声じゃない……

 感情だ……)


◇ ◇ ◇


 モニター越しに、

 レイの声が飛び込んでくる。


「……ヒナタさん……

 今……

 境界外で……

 人が……!」


「……分かる……!」


 ヒナタは、

 胸を強く押さえた。


「……引っ張られてる……

 “向こう”へ……!」


◇ ◇ ◇


 一方、フェンス外。


 男性の体は、

 宙に浮いたまま、

 明確に“境界の中央方向”へ運ばれていた。


 姿は見えない。

 だが、

 空気が“掴まれている”。


 引力ではない。

 命令でもない。


 ただ――

 “持っていく”という意志だけが、そこにあった。


◇ ◇ ◇


「……やめ……!」


 男性が、かすれた声で叫ぶ。


 だが、

 その声は、

 遠くへ引き伸ばされるように歪み、

 誰の耳にも届かない。


◇ ◇ ◇


 隔離ブロック内。


 ヒナタは、

 フェンスのほうへと走り出していた。


「……止めて……!」


 護衛が、即座に進路を遮る。


「……少尉、下がってください!」


「……お願い……!」


 ヒナタは、

 初めて、

 守る側の“壁”を、

 真正面から叩いた。


◇ ◇ ◇


 その瞬間。


 ヒナタの胸の奥で、

 “鍵”が、はっきりと回転した。


 ギリ――

 と、

 現実の継ぎ目が軋む音。


◇ ◇ ◇


 フェンスの外と内で、

 “空間の重なり”が一瞬だけ発生する。


 ほんの一瞬。


 だが――

 それで、十分だった。


◇ ◇ ◇


 男性の体が、

 急に“落ちた”。


 地面に、激しく叩きつけられる。


「……ぐ……っ……!」


 だが、

 命は、まだ――

 ここにある。


◇ ◇ ◇


 その代わり。


 “影”のほうが、

 わずかに、

 フェンスの内側へ、指先だけを伸ばした。


 見えない指。

 触れてはいない。


 だが、

 空気が“凍る”。


◇ ◇ ◇


《……奪えない……》


 意味だけが、

 ヒナタの意識に流れ込む。


《……だが……

 “届く”……》


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、

 その言葉に、

 はっきりと返した。


「……届かせない……」


 震える声。


 だが――

 逃げる声じゃない。


「……ここは……

 私が……

 “選んだ場所”だから……!」


◇ ◇ ◇


 影が、

 ゆっくりと、

 後退していく。


 フェンスの外へ。


 それでも、

 完全に“消えた”わけではない。


 ただ――

 “今は引いた”だけだった。


◇ ◇ ◇


 数分後。


 救助班が到着し、

 男性は担架で運ばれていく。


 命に別状はない。

 だが――

 両腕が、しびれたまま、動かないという。


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、

 その様子を、

 フェンス越しに見つめていた。


 自分のせいで、

 人が傷ついた。


 それは、

 “戦場”ではなく、

 “日常の中”で起こった初めての現実だった。


◇ ◇ ◇


「……ごめんなさい……」


 誰に向けたのかも分からない謝罪が、

 小さく、こぼれる。


 だがその背後で、

 チサの声が、はっきりと響いた。


「……違う……」


 フェンスの外側から。


「……あんたが……

 “止めた”んだ……」


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、振り返る。


 チサとレイが、

 境界のすぐ向こうに立っていた。


「……一人……

 助かった……」


「……それだけで……

 今日の世界は……

 ちゃんと……

 昨日より……

 少し……

 “マシになった”……」


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、

 しばらく言葉を失っていた。


 胸の奥には、

 まだ“影の冷たさ”が残っている。


 それでも――


 今日は、

 誰かが……

 “持っていかれずに済んだ”日だった。


 フェンスの向こうで起きた最初の事件は、

 静かに――

 だが、はっきりと、

 **“この世界でも戦いは始まってしまった”**ことを告げていた。

境界の外で、ついに最初の被害者が出た。

第三勢力は、ヒナタを直接奪えない代わりに、

周囲の人間を“引き金”として使い始めた。

ヒナタはただ守られる存在ではいられなくなり、

初めて“止めた側”としてこの現実に関与した。

これは侵略ではない。

だが、確実に“人を傷つけ始めた戦い”の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ