第62話 「規則の名前」
規則には、
必ず“理由”がある。
そしてその理由は、
たいてい――
恐怖から生まれる。
地球連合・臨時対策本部。
夜間の会議室には、最小限の照明だけが灯っていた。
円卓を囲むのは、
研究、軍事、医療、治安の中核メンバー。
そして――
その末席に、チサの姿もあった。
◇ ◇ ◇
「……まず、確認する」
司令官が低い声で言う。
「……アオイ・ヒナタ少尉の
半径50メートル隔離規則は、
現時点で正式な“恒久措置”ではない」
チサの指先が、わずかに動いた。
◇ ◇ ◇
「……では、なぜそこまでの措置を?」
研究主任が、疲れたように答える。
「……恐れているのは……
“再侵略”ではありません……」
一拍。
「……“再接続”です……」
◇ ◇ ◇
部屋の空気が、
はっきりと変わった。
「……第三勢力は……
すでに“一度、こちら側へ干渉する鍵を得た”……」
「……それが、
アオイ少尉の帰還と、
バスター・エクリプスの同時発動でした……」
◇ ◇ ◇
「……つまり……」
軍務官が、喉を鳴らす。
「……彼女が“ここにいるだけ”で……
いつでも……
あの扉は、再びノックできる……?」
「……現時点では……
その可能性が、最も高い……」
研究主任は、はっきりとうなずいた。
◇ ◇ ◇
チサが、耐えきれずに口を開いた。
「……だったら……
はっきり言えばいい……」
「……“ヒナタが怖い”って……!」
一瞬、会議室が凍りつく。
◇ ◇ ◇
だが、司令官は否定しなかった。
「……ああ……」
重く、うなずく。
「……正確には……
“ヒナタ少尉の存在が引き起こす未来”が、だ」
◇ ◇ ◇
司令官は、静かに続ける。
「……バスター・エクリプスは、
次元構造と時間流に、
取り返しのつかない“歪み”を残した……」
「……ヒナタ少尉は、
その歪みと、
“完全につながった唯一の人間”だ……」
◇ ◇ ◇
「……だから……」
治安部門の責任者が言った。
「……我々は……
“再び、世界が巻き戻される未来”を……
何よりも恐れている……」
その言葉は、
チサの胸を、深くえぐった。
◇ ◇ ◇
「……つまり……」
チサは、震える声で言う。
「……この規則は……
“ヒナタを守るため”じゃなくて……」
一拍。
「……“世界を守るため”なんですね……」
誰も、すぐには答えなかった。
だが――
それが“答え”だった。
◇ ◇ ◇
司令官が、静かに言った。
「……誤解しないでほしい……
我々は……
アオイ少尉を、危険物としては扱っていない……」
「……だが……」
「……“人類の未来”と……
“一人の人生”が衝突したとき……
我々は……
未来を、選ばねばならない立場にいる……」
◇ ◇ ◇
チサは、ゆっくりと立ち上がった。
「……だったら……
この規則の名前……
変えてください……」
「……え……?」
◇ ◇ ◇
チサは、まっすぐ司令官を見て言った。
「……“ヒナタ隔離規則”じゃない……」
「……“世界延命規則”でしょ……」
重たい沈黙が、再び落ちる。
◇ ◇ ◇
その頃――
隔離ブロックの自室で、
ヒナタは、ベッドに横たわっていた。
天井の小さな照明を、
ぼんやりと見つめながら。
(……チサ……
今……
どこで……
何してるんだろ……)
◇ ◇ ◇
そのとき、
胸の奥が、きゅっと締め付けられた。
“鍵”が、
かすかに振動する感覚。
(……また……
呼んでる……)
ヒナタは、そっと目を閉じた。
(……ねえ……)
(……私は……
この世界を……
守ってるの……?
それとも……
壊す側なの……?)
その問いに、
まだ答えはなかった。
◇ ◇ ◇
一方――
会議室の扉が、静かに閉じられる。
その扉の向こうで、
“隔離規則は、正式に“世界延命規則”として記録された。
守られるのは、
一人の少女か。
あるいは――
“人類の未来”か。
選択の天秤は、
すでに、
静かに傾き始めていた。
隔離規則の正体は、“ヒナタを守るため”のものではなかった。
それは“世界を延命するため”の決断だった。
彼女は危険なのではない。
危険なのは、彼女が背負わされた“未来への影響力”そのものだ。
チサがつけた「世界延命規則」という名は、
この選択がどれほど残酷な天秤の上にあるのかを、静かに暴いていた。




