第60話「守られているという孤独」
守る、という言葉は、
ときに“触れない”という意味に変わる。
優しさは、
距離を置く形をとることがある。
朝。
第七再生都市・特別隔離居住ブロック。
ヒナタは、静かすぎる部屋で目を覚ました。
目覚ましは鳴らない。
誰も、起こしに来ない。
ただ――
壁の向こうで低く唸る、
磁場安定化装置の音だけが、
“自分がここにいる理由”を教えてくれている。
「……また……この音……」
戦場のエンジン音よりも、
ずっと静かで、
ずっと、心に刺さる音だった。
◇ ◇ ◇
ヒナタが廊下に出ると、
すぐ両脇に二人の護衛がついた。
「……おはようございます、少尉」
距離は、常に一定。
半歩以上、近づかない。
「……おはよう……」
返事は、すでに少し小さくなっていた。
◇ ◇ ◇
食堂。
テーブルには、
あらかじめ用意された食事。
トレーを運ぶ人は、
決して、ヒナタの半径二メートル以内に入らない。
無言のルール。
「……これ……
私が取っても……いいの……?」
言葉にした瞬間、
ヒナタは、自分で自分に驚いた。
“許可”を取らないと、
箸も持てないという感覚に。
◇ ◇ ◇
午前中は、
定期観測と問診だけ。
「……違和感は……ありますか?」
「……あります……」
「……強さは……?」
「……弱いけど……
ずっと……」
医師は、端末に淡々と入力する。
「……変化があれば、すぐに報告を……」
「……はい……」
返事が、どんどん短くなる。
◇ ◇ ◇
昼。
ヒナタは、ガラス張りの中庭のベンチに座っていた。
透明な壁の向こうには、
青い空と、風に揺れる木々。
けれど、その風は、
こちらまでは届かない。
◇ ◇ ◇
遠くで、
チサとレイが見えていた。
二人とも、
“半径の外”に立っている。
手を振れば、振り返してくれる。
近づこうとすれば、
必ず、制止が入る。
目に見えない境界線。
◇ ◇ ◇
「……チサ……」
ヒナタは、ガラス越しに小さくつぶやいた。
届くわけもない声。
それでも、
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
(……触れない……)
(……近づけない……)
(……それでも……
守られてるって……
言われるんだ……)
◇ ◇ ◇
午後、
ヒナタは軽いリハビリとして、
廊下を往復する。
一歩、二歩、三歩。
護衛は、
必ず同じ距離で並走する。
「……ねえ……」
ヒナタは、ぽつりと言った。
「……私……
誰かに……
守られてる感覚……
あんまり……
しないんだ……」
護衛は、答えない。
答えてはいけない“距離”がある。
◇ ◇ ◇
夕方。
屋上へ出る許可が下りる。
もちろん、
半径50メートルの“内側”だけ。
ヒナタは、柵にもたれて空を見上げた。
「……こんなに広いのに……」
小さく、つぶやく。
「……行ける場所……
どんどん……
減ってるみたい……」
◇ ◇ ◇
そのとき、
少し離れた場所で、
チサとレイが並んで立っているのが見えた。
チサは、何か言いかけて、
結局、黙ったまま拳を握る。
レイも、
視線だけをこちらに向けている。
◇ ◇ ◇
「……ねえ……」
ヒナタは、
ガラス越しではないのに、
相変わらず届かない距離の二人に向かって言った。
「……私……
今日……
誰にも……
触られてない……」
声は、風に紛れていく。
◇ ◇ ◇
ヒナタは、
自分の腕を、そっと抱きしめた。
温度はある。
心臓も動いている。
それなのに――
(……一人だ……)
(……誰も……
“ここ”までは……
来てくれない……)
◇ ◇ ◇
日が沈み、
空が群青に染まる。
護衛の交代の足音。
規則正しい、
“人がいる証明の音”。
けれど、
その音は、
ヒナタの孤独を埋める音ではなかった。
◇ ◇ ◇
夜。
部屋に戻ったヒナタは、
ベッドに腰かけたまま、
しばらく動けなかった。
「……守られてる……って……」
小さく、つぶやく。
「……こんなに……
一人になることなんだ……」
その呟きに、
答える声は、どこにもなかった。
ただ、
壁の向こうの装置の音だけが、
無言で続いていた。
ヒナタは守られている。
それは事実だ。
だが同時に、誰にも触れられない場所へと隔離されてもいる。
護衛、監視、装置――すべてが彼女を守るためのもの。
けれど、そのすべてが、ヒナタを“ひとり”にしていく。
守られているという名の孤独は、
戦場の孤独よりも、ずっと静かで、ずっと長く続く。




