表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トップを越えろ!  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/89

第60話「守られているという孤独」

守る、という言葉は、

ときに“触れない”という意味に変わる。

優しさは、

距離を置く形をとることがある。

 朝。

 第七再生都市・特別隔離居住ブロック。


 ヒナタは、静かすぎる部屋で目を覚ました。


 目覚ましは鳴らない。

 誰も、起こしに来ない。


 ただ――

 壁の向こうで低く唸る、

 磁場安定化装置の音だけが、

 “自分がここにいる理由”を教えてくれている。


「……また……この音……」


 戦場のエンジン音よりも、

 ずっと静かで、

 ずっと、心に刺さる音だった。


◇ ◇ ◇


 ヒナタが廊下に出ると、

 すぐ両脇に二人の護衛がついた。


「……おはようございます、少尉」


 距離は、常に一定。

 半歩以上、近づかない。


「……おはよう……」


 返事は、すでに少し小さくなっていた。


◇ ◇ ◇


 食堂。


 テーブルには、

 あらかじめ用意された食事。


 トレーを運ぶ人は、

 決して、ヒナタの半径二メートル以内に入らない。


 無言のルール。


「……これ……

 私が取っても……いいの……?」


 言葉にした瞬間、

 ヒナタは、自分で自分に驚いた。


 “許可”を取らないと、

 箸も持てないという感覚に。


◇ ◇ ◇


 午前中は、

 定期観測と問診だけ。


「……違和感は……ありますか?」


「……あります……」


「……強さは……?」


「……弱いけど……

 ずっと……」


 医師は、端末に淡々と入力する。


「……変化があれば、すぐに報告を……」


「……はい……」


 返事が、どんどん短くなる。


◇ ◇ ◇


 昼。

 ヒナタは、ガラス張りの中庭のベンチに座っていた。


 透明な壁の向こうには、

 青い空と、風に揺れる木々。


 けれど、その風は、

 こちらまでは届かない。


◇ ◇ ◇


 遠くで、

 チサとレイが見えていた。


 二人とも、

 “半径の外”に立っている。


 手を振れば、振り返してくれる。

 近づこうとすれば、

 必ず、制止が入る。


 目に見えない境界線。


◇ ◇ ◇


「……チサ……」


 ヒナタは、ガラス越しに小さくつぶやいた。


 届くわけもない声。


 それでも、

 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。


(……触れない……)


(……近づけない……)


(……それでも……

 守られてるって……

 言われるんだ……)


◇ ◇ ◇


 午後、

 ヒナタは軽いリハビリとして、

 廊下を往復する。


 一歩、二歩、三歩。


 護衛は、

 必ず同じ距離で並走する。


「……ねえ……」


 ヒナタは、ぽつりと言った。


「……私……

 誰かに……

 守られてる感覚……

 あんまり……

 しないんだ……」


 護衛は、答えない。


 答えてはいけない“距離”がある。


◇ ◇ ◇


 夕方。


 屋上へ出る許可が下りる。


 もちろん、

 半径50メートルの“内側”だけ。


 ヒナタは、柵にもたれて空を見上げた。


「……こんなに広いのに……」


 小さく、つぶやく。


「……行ける場所……

 どんどん……

 減ってるみたい……」


◇ ◇ ◇


 そのとき、

 少し離れた場所で、

 チサとレイが並んで立っているのが見えた。


 チサは、何か言いかけて、

 結局、黙ったまま拳を握る。


 レイも、

 視線だけをこちらに向けている。


◇ ◇ ◇


「……ねえ……」


 ヒナタは、

 ガラス越しではないのに、

 相変わらず届かない距離の二人に向かって言った。


「……私……

 今日……

 誰にも……

 触られてない……」


 声は、風に紛れていく。


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、

 自分の腕を、そっと抱きしめた。


 温度はある。

 心臓も動いている。


 それなのに――


(……一人だ……)


(……誰も……

 “ここ”までは……

 来てくれない……)


◇ ◇ ◇


 日が沈み、

 空が群青に染まる。


 護衛の交代の足音。


 規則正しい、

 “人がいる証明の音”。


 けれど、

 その音は、

 ヒナタの孤独を埋める音ではなかった。


◇ ◇ ◇


 夜。


 部屋に戻ったヒナタは、

 ベッドに腰かけたまま、

 しばらく動けなかった。


「……守られてる……って……」


 小さく、つぶやく。


「……こんなに……

 一人になることなんだ……」


 その呟きに、

 答える声は、どこにもなかった。


 ただ、

 壁の向こうの装置の音だけが、

 無言で続いていた。

ヒナタは守られている。

それは事実だ。

だが同時に、誰にも触れられない場所へと隔離されてもいる。

護衛、監視、装置――すべてが彼女を守るためのもの。

けれど、そのすべてが、ヒナタを“ひとり”にしていく。

守られているという名の孤独は、

戦場の孤独よりも、ずっと静かで、ずっと長く続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ