表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トップを越えろ!  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/89

第55話 「戻れない場所」

人は、

帰るために戦うことはできる。

けれど、

“同じ場所に戻る”ことまでは、

誰も約束してくれない。

 地球連合・旧出身区画、第三区。


 ヒナタは、チサとレイと並んで、

 ひとつの更地の前に立っていた。


「……ここ……」


 ヒナタの声が、わずかに揺れる。


「……前……

 私の家……

 あったところ……」


 かつて、木造の小さな住宅があった場所。

 裏庭には、家庭用の小さな太陽光パネル。

 ドアの立てつけが悪くて、

 開けるたびに、きいっと音が鳴った。


 今は、

 灰色の地面と、復興計画用の標識だけが立っている。


◇ ◇ ◇


「……立ち退きは……

 かなり早い段階で……」


 レイが、静かに説明する。


「……避難対象区域に指定されて……

 戦争末期には……

 完全に……」


 言葉は、それ以上続かなかった。


 続けなくても、分かってしまうからだ。


◇ ◇ ◇


「……そっか……」


 ヒナタは、うなずいた。


「……家……

 なくなったんだ……」


 驚きも、叫びもない。

 ただ、現実として受け入れるしかない静かな声。


「……でも……

 分かってた……

 分かってたよ……」


 拳を、ぎゅっと握る。


「……戦場に行くって……

 そういうことだって……」


◇ ◇ ◇


 しばらく、三人とも黙ったまま、

 風に揺れる標識の音を聞いていた。


 カラン、と小さな金属音。


 それが、

 ヒナタの過去と今を、

 区切る鐘の音だった。


◇ ◇ ◇


「……ねえ……」


 ヒナタが、ふいに言った。


「……戻るってさ……

 “元の場所に帰る”って意味だと思ってた……」


 チサは、何も言わずに聞いている。


「……でも……

 元の場所が……

 もう……なくなってたらさ……」


 一拍。


「……私は……

 どこに……

 “戻った”んだろう……」


 その問いは、

 誰にもすぐには答えられなかった。


◇ ◇ ◇


 レイが、静かに言った。


「……場所じゃ……

 ないんじゃないですか……」


「……え……?」


「……戻ったのは……

 “時間”かもしれません……」


 ヒナタは、きょとんとする。


◇ ◇ ◇


「……ヒナタさんは……

 “生きている時間”に……

 戻ってきました……」


「……戦争の途中で……

 止まってしまった……

 “続きの時間”に……」


 レイの言葉は、

 ゆっくりと、胸に染み込むようだった。


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、もう一度、更地を見つめた。


「……私……

 この場所に……

 “帰りたい”って……

 思ってたんだ……」


「……でも……

 帰れなかった……」


 声が、少し震える。


◇ ◇ ◇


「……でもさ……」


 チサが、前に一歩出た。


「……あんたが……

 “ここに戻ろう”って思えたなら……」


 一拍。


「……それを……

 “帰ってきた”って……

 言っても……

 いいんじゃない……?」


 ヒナタは、驚いてチサを見る。


◇ ◇ ◇


「……だって……

 あんた……

 一回……

 本当に……

 “この世界から消えた”んだよ?」


「……それでも……

 また……

 “帰ろう”って……

 思えたんだ……」


「……それって……

 すごいこと……だと思う」


 チサの声は、

 静かだったけれど、強かった。


◇ ◇ ◇


 ヒナタの目に、

 ゆっくりと、涙が浮かんだ。


「……チサ……」


「……なに?」


「……私……

 戻れなかったって……

 思ってたけど……」


 一粒、涙が落ちる。


「……戻ろうとしたって……

 思っても……

 いいのかな……」


◇ ◇ ◇


 チサは、何も言わずにうなずいた。

 レイも、同じようにうなずく。


 それだけで、

 ヒナタの胸は、少し軽くなった。


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、更地の中央に、小さな石をひとつ置いた。


「……ここに……

 私の“前の家”があったって……

 忘れないように……」


 目印でも、墓標でもない。

 ただの、ひとつの石。


 それで、十分だった。


◇ ◇ ◇


 帰り道。


 ヒナタは、空を見上げた。


「……ねえ……

 私……

 どこに……

 帰ればいいんだろ……」


 その問いに、

 レイは優しく答えた。


「……今は……

 “一緒に帰れる場所”へ……」


 チサが、少し照れくさそうに言う。


「……仮設住宅でも……

 屋上でも……

 どこでもさ……」


 一拍。


「……あんたが……

 “帰りたい”って……

 思ったところが……

 帰る場所……」


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、少し考えてから、

 小さく笑った。


「……じゃあ……

 今日は……

 屋上に……

 帰ろっか……」


「……了解」


「……了解です」


 三人は、並んで歩き出した。


 もう戻れない場所を背に、

 まだ名前のない“帰り道”へ向かって。

ヒナタが戻りたかった場所は、もう地図の上には存在しなかった。

だが「戻れない」という事実と向き合ったとき、

彼女は初めて、“戻ろうとした自分”を肯定することができた。

場所は失われても、帰ろうとする意志は失われない。

帰還とは、座標ではなく、選び続ける方向なのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ