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トップを越えろ!  作者: たむ


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第53話 「英雄の席」

誰かが用意してくれた席が、

必ずしも“自分の居場所”とは限らない。

それを知るのは、

たいてい、座ってみた後だ。

 地球連合・中央学区記念ホール。


 ヒナタは、正面最前列の席に座らされていた。


 左右には、勲章をつけた軍幹部。

 背後には、ずらりと並ぶ報道カメラ。


 壇上のスクリーンには、

 かつての戦闘記録――

 《OVERTURE POINT》での決戦が映し出されている。


 あの光。

 あの裂け目。

 あの瞬間。


「……あの映像……

 まだ……使うんだ……」


 ヒナタは、小さくつぶやいた。


◇ ◇ ◇


――「本日ここに、

 銀河戦争終結の象徴となった英雄、

 アオイ・ヒナタ少尉をお迎えできたことは――」


 司会の声が、ホールに響き渡る。


 拍手。

 割れるほどの拍手。


 ヒナタは、立ち上がるように促され、

 ぎこちなく一礼した。


 フラッシュの嵐。

 無数の視線。


(……息……

 しづらい……)


◇ ◇ ◇


 最前列の端、

 少し離れた席に、チサとレイの姿があった。


 二人は拍手をしている。

 けれど、その手の動きが、どこかぎこちない。


(……あ……

 あの二人でさえ……

 ここでは……

 “仲間”じゃないんだ……)


◇ ◇ ◇


――「アオイ少尉、ひと言、お願いします」


 マイクが、差し出される。


 ヒナタの喉が、ひくりと鳴った。


(……何を……

 言えばいいの……)


 準備された原稿が、

 視界の端に置かれている。


〈市民の皆様へ〉

〈連合軍への感謝〉

〈平和への決意〉


 どれも、

 “正しい言葉”ばかりだ。


◇ ◇ ◇


 だが、口を開いた瞬間、

 出てきたのは、まるで違う言葉だった。


「……私……

 英雄じゃありません……」


 ホールが、一瞬ざわつく。


「……ただ……

 帰ってきただけです……」


 司会が、慌てて割り込もうとする。


 だが、ヒナタは、止まらなかった。


「……戦争は……

 “終わった”って……

 みんな、言ってくれます……」


「……でも……

 私の中では……

 まだ……

 “帰ってきた途中”です……」


◇ ◇ ◇


 フラッシュが、さらに激しくなる。


 誰かが小声で言う。


「……英雄らしくない……」


「……想像してたのと……違う……」


 そのつぶやきが、

 はっきりとヒナタの耳に届いた。


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、

 一度だけ、客席ではなく、

 チサとレイのほうを見た。


 チサは、まっすぐうなずいた。

 レイは、小さく微笑んだ。


(……ああ……

 この人たちだけでいい……)


◇ ◇ ◇


「……だから……」


 ヒナタは、深く一礼した。


「……今日は……

 この席……

 私の居場所じゃないので……」


 会場が、ざわめく。


「……すみません」


 そう言って、

 ヒナタは、マイクをそっと置いた。


◇ ◇ ◇


 壇上を降りる背中に、

 誰も、声をかけられなかった。


 拍手も、止まっていた。


 それでも——

 ヒナタの足取りは、止まらなかった。


◇ ◇ ◇


 ホールの外の空気は、

 ひどくひんやりしていて、

 どこか、安心する匂いがした。


「……怒られるかな……」


 ヒナタが、ぽつりと言う。


「……たぶん、あとでね」


 チサが苦笑する。


「……でも……

 あれでよかったと……

 私は、思う」


 レイも、静かに続けた。


「……“英雄の席”は……

 空けたままでも……

 世界は……

 ちゃんと回ります……」


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、深く息を吸った。


「……私……

 やっと……

 自分の戻り方……

 思い出したかも……」


 三人は、並んで空を見上げた。


 記念ホールの中では、

 今もまだ、“英雄の椅子”が、

 きちんと整えられたまま残っている。


 けれど、

 その席に座らなくても、

 ヒナタは、ここに戻ってきたのだった。

英雄のために用意された席は、誰かの願いの形だ。

だがヒナタは、その席に座ることを選ばなかった。

彼女が欲しかったのは称賛ではなく、

“戦争の続きを生きる場所”だったからだ。

拍手の中で立ち去ったその背中は、

英雄よりも、ずっと人間らしかった。

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