第52話 「戦争が終わった街」
戦争が終わった日、
街はすぐに“日常”へ戻ろうとする。
戻れないのは、いつも――人の心だけだ。
地球連合居住区・第七再生都市。
瓦礫の隙間から芽吹いた草の緑が、
この街が“もう一度、生きようとしている”ことを、静かに示していた。
「……戦争……
ほんとに……終わったんだね……」
ヒナタは、医療用コートのまま、街並みを見つめていた。
空には、修復中のドームと、
その外を忙しそうに往復する補給艇の光。
爆発はない。
警報もない。
あるのは、工事の音と、人の話し声だけ。
――それが、平和だった。
◇ ◇ ◇
「……なんか……
変な感じしない?」
横で、チサが言った。
「……あんなに……
“終わらせなきゃ”って思ってた戦争なのに……
終わった瞬間……
世界のほうが、先に次に進んでて……」
ヒナタは、ゆっくりとうなずく。
「……うん……
私……
まだ……向こう側に、半分残ってる感じ……」
◇ ◇ ◇
通りに人影が増えてくる。
買い物袋を提げた人。
修復作業員。
手をつないで歩く親子。
その中の何人かが、ヒナタたちに気づいた。
「……え……?」
「あの制服……
もしかして……」
「……帰還部隊の……?」
小さなざわめきが、ゆっくりと広がっていく。
◇ ◇ ◇
ひとりの少年が、小さな声で言った。
「……ねえ……
あの人……
“あのときの人”……?」
母親らしき女性が、慌てて口をふさぐ。
「……こら……
失礼でしょ……」
だが、ヒナタは気づいていた。
――自分は、もう“普通の少女”としては、
見られなくなってしまったのだと。
◇ ◇ ◇
「……やっぱり……
見られてる……よね……」
ヒナタは、少しだけ肩をすくめた。
「……英雄ってさ……
もっと……
キラキラしてるもんだと思ってた……」
「……してるよ」
チサが、即答する。
「……ただ……
本人が、そう思ってないだけで……」
◇ ◇ ◇
すると、通りの奥から、
年配の男性が、ゆっくり歩み寄ってきた。
その手には、色あせた写真。
「……失礼……」
震える声。
「……あなたたちは……
あの日……
第七避難航路で、
足止めをしてくれた……
部隊の……?」
チサが、静かに答える。
「……はい……」
男性は、深く頭を下げた。
「……私の家族は……
あのとき……
全員、逃げ切れました……」
その瞬間、ヒナタの胸の奥に、
じわりと熱いものが込み上げる。
「……ありがとうございました……」
その言葉は、
“英雄”ではなく、
“帰ってきた一人の人間”に向けられていた。
◇ ◇ ◇
ヒナタは、しばらく言葉を探してから、
小さく、こう答えた。
「……生きてて……
よかった……」
それだけしか、言えなかった。
◇ ◇ ◇
やがて、人々はそれぞれの仕事へ戻っていく。
感謝も、噂も、好奇の視線も、
すべてが、ゆっくりと街の雑踏に溶けていった。
◇ ◇ ◇
「……ねえ……」
歩きながら、ヒナタが言った。
「……私……
英雄でいる自信……
ないよ……」
チサは、少しだけ笑った。
「……最初から……
ヒーローになるつもりで、
戦ってたわけじゃないでしょ?」
「……うん……」
「……だったら……
無理に、なり続けなくていい……」
ヒナタは、前を見た。
復興中の街。
走り回る子どもたち。
「……じゃあ……
私は……
何になればいいの?」
その問いに、
チサも、すぐには答えられなかった。
◇ ◇ ◇
少し遅れて、レイが、静かに言った。
「……“戻ってきた人”で……
いいんじゃないですか……」
ヒナタは、きょとんとする。
「……戻ってきた……人……?」
「……はい……
それだけで……
十分、強いです……」
◇ ◇ ◇
ヒナタは、空を見上げた。
かつて、戦場だった空。
今は、ただの青。
「……戻ってきた人……か……」
小さく、笑う。
「……それ……
悪くないかも……」
戦争が終わった街は、息をするように日常へ戻っていく。
だが、戻ってきた人間の心だけは、まだ戦場の時間に触れている。
ヒナタは英雄として迎えられながらも、
“英雄であり続けること”に戸惑いを覚え始めた。
彼女がこれから向き合うのは、敵ではなく、
“戻ってきた自分自身”なのかもしれない。




