第51話 「帰るという戦争」
勝っても、負けても、
戦争は必ず何かを置いていく。
それは廃墟であり、記憶であり、
そして――“帰るという、最後の戦い”だ。
人類連合艦隊・後方医療区画。
静かすぎるほど静かな個室に、
一定のリズムで、生命反応の音だけが響いていた。
「……生体反応、安定……
意識回復、確認……」
医療士官の声が、淡々と告げる。
そのベッドの上で――
アオイ・ヒナタは、ゆっくりとまぶたを開いた。
◇ ◇ ◇
「……ここ……どこ……?」
声はまだ弱いが、
確かに、“人類の空気”だった。
「……病室だよ」
隣で、赤く腫れた目のチサが、無理やり笑った。
「……帰ってきたんだよ……
ヒナタ……」
ヒナタは、ぼんやりと天井を見つめる。
「……帰……って……」
それを舌の上で転がすように、
もう一度、静かに言った。
「……帰って……きた……」
◇ ◇ ◇
次の瞬間。
ヒナタの目から、
音もなく、涙がこぼれ落ちた。
「……私……
帰ってきちゃったんだ……」
誰にも見せなかった感情が、
じわじわと、溢れ出してくる。
「……おかえり……」
チサは、そう言いながら、
ヒナタの手を、そっと握った。
◇ ◇ ◇
その様子を、
少し離れたところから、レイが見ていた。
「……本当に……
戻ってきましたね……」
声は落ち着いているのに、
指先だけが、小さく震えている。
彼女の“席”は、確かに空けられていた。
そして今、その席の“持ち主”が、戻ってきた。
◇ ◇ ◇
ヒナタは、ゆっくりと視線を巡らせ、
二人を、交互に見た。
「……チサ……
レイ……」
「……なに……?」
「……私……
あのとき……
“戻らないほうがいい”って……
言ったよね……」
二人は、黙ってうなずいた。
「……でも……
それでも……
迎えに来てくれた……」
◇ ◇ ◇
「……うん」
チサは、はっきりと言った。
「……だって……
あんたがどう言っても……
“帰ってくる場所は、二人で決めた”から」
レイも、静かに続ける。
「……ヒナタさんは……
“戻らない側に立つ人”じゃありません……
“戻ってきて、居場所を更新する人”です……」
「……更新って……なに……」
ヒナタは、少しだけ笑った。
◇ ◇ ◇
だが、その笑顔は、すぐに曇った。
「……戦争は……
終わったの……?」
チサとレイは、顔を見合わせる。
「……“大きな山”は……
越えた……」
「……でも……
全部は、終わってない……」
ヒナタは、静かに目を伏せた。
「……そっか……」
◇ ◇ ◇
少しの沈黙のあと。
ヒナタは、胸の奥に手を当てながら、ぽつりと言った。
「……ねえ……
私……
あっちに……
“置いてきたもの”がある気がする……」
「……置いてきたもの……?」
レイが、静かに問い返す。
「……うん……
名前も……
形も……
まだ、はっきりしないけど……」
ヒナタの顔に、
かすかな“恐れ”が混じった。
「……それが……
いつか……
“代償”として……
戻ってくる気がする……」
◇ ◇ ◇
チサは、一瞬だけ視線を逸らした。
(……エクリプス……)
言葉にはしない。
だが、あのとき“未来が歪んだ感覚”だけは、
今も、皮膚の裏に張りついていた。
◇ ◇ ◇
「……それでも……」
ヒナタは、ゆっくりと笑った。
「……今は……
帰ってきたんだよね……」
「……うん」
チサは、はっきり答える。
「……今は……
ちゃんと……ここにいる」
◇ ◇ ◇
そのとき、
病室のドアが静かに開いた。
「……失礼する」
現れたのは、連合艦隊の司令官だった。
「……アオイ・ヒナタ……
君の帰還を、公式に確認した」
ヒナタは、少し戸惑いながら、うなずく。
◇ ◇ ◇
「……だが……
同時に、伝えなければならないことがある……」
司令官の声音は、硬い。
「……《バスター・エクリプス》の影響で……
この宙域を含む、
複数の星系で……
“時間流の歪み”が観測されている」
その言葉に、
チサとレイの表情が、凍りついた。
「……歪み……?」
◇ ◇ ◇
「……簡単に言えば……」
司令官は、ゆっくりと告げた。
「……ある場所では、
“数日”が……
別の場所では、“数百年”に相当する……」
ヒナタが、息を呑む。
「……それって……」
「……起きてしまった、ということだ……」
◇ ◇ ◇
部屋に、静かな緊張が落ちた。
ヒナタの“帰還”は、
確かに叶った。
だが同時に、
その帰還は、
世界に“時間という名の傷”を残してしまった。
ヒナタは確かに帰ってきた。
だが「帰還」は、戦争の終わりではなかった。
バスター・エクリプスの代償として、世界には“時間の歪み”が生じ始める。
それは傷であり、予兆であり、やがて3000年後へ続く裂け目でもある。




