第50話 「それでも、迎えに行く」
正しい選択が、
いつも“優しい答え”になるとは限らない。
それでも人は、
誰かの名前を呼ぶために、間違いを選ぶことがある。
――《選択まで、残り十秒》
《OVERTURE POINT》のひび割れは、
いまや“息絶える寸前”の心臓のように、細く震えていた。
ヒナタの姿は、もう半分しか見えない。
「……チサ……」
かすれた声。
「……お願い……
もう……選ばせないで……」
ヒナタは、笑おうとして、
それすらできなかった。
◇ ◇ ◇
チサの機体は、崩壊寸前だった。
装甲は剥がれ、
推進も、制御も、
すでに“正常”という言葉から外れている。
それでも、操縦桿を握る手だけは、
まだ、離れていなかった。
「……レイ……」
「……はい……」
レイの返事も、震えている。
「……もし……
ここで……
世界を壊したら……」
言い切る前に、
レイが、はっきりと言った。
「……私は……
それでも……
ヒナタさんを……
“迎えに行った人”でいたいです」
チサは、小さく息を呑んだ。
◇ ◇ ◇
――《残り、五秒》
超超級存在が、
ひび割れの正面で、完全に“意味”を固定し始める。
ひび割れは、
“世界にとって不都合な誤差”として、
消去されようとしていた。
◇ ◇ ◇
ヒナタが、必死に叫ぶ。
「……チサ……
レイ……
もう……いい……!」
「……よくない……!」
チサは、叫び返した。
「……あんたは……
“戻らない”って言う権利より……
“戻っていい”って言われる権利のほうが……
先なんだよ……!」
◇ ◇ ◇
――《残り、三秒》
第三勢力の声が、
最後の確認を告げる。
――《バスター・エクリプス、
起動するか》
「……する」
チサは、迷わず答えた。
「……この世界が……
そんなに“元のまま”が大事なら……」
一拍。
「……私が……
“迎えに行った痕跡”ごと……
壊してやる……!」
◇ ◇ ◇
「……チサ……!」
ヒナタの声が、
初めて“恐怖”を帯びた。
「……私……
本当に……
帰っちゃうよ……!?」
チサは、歯を食いしばりながら、
それでも、はっきりと答えた。
「……当たり前でしょ……!」
「……帰ってきて……
“ただいま”って言うまで……
終わらせないから……!」
◇ ◇ ◇
――《残り、一秒》
レイの機体が、
チサの進路の横に並んだ。
「……チサさん……」
「……なに?」
「……“席”……
ちゃんと……空いてます……」
チサは、一瞬だけ目を閉じた。
「……うん……」
◇ ◇ ◇
――《バスター・エクリプス、起動》
瞬間。
光でも、闇でもない。
**“未来そのものが、音を立てて書き換わる衝撃”**が、
決戦級干渉宙域を飲み込んだ。
超超級存在が、
“拒否”という概念ごと、静かに砕け散る。
世界が、“拒むこと”を忘れた瞬間だった。
◇ ◇ ◇
――《帰還干渉率、再計測》
――《九十二%》
「……っ……!」
ひび割れが、
再び、大きく開く。
そこに――
完全な形のヒナタが、落ちてきた。
◇ ◇ ◇
「……チサ……!」
「……ヒナタ……!」
二人の距離が、一気に“触れられる距離”になる。
だが、次の瞬間。
――《座標不安定、
強制分離開始》
「……なに……!」
ヒナタの身体が、
光の奔流に引き裂かれそうになる。
「……チサさん……!」
レイが、反射的に前へ出た。
「……このままだと……
“戻れたこと”そのものが……
消されます……!」
◇ ◇ ◇
チサは、迷わなかった。
操縦桿を、完全に前へ倒す。
「……だったら……
一緒に、戻る……!」
機体ごと、
ヒナタと同じ流れへ、飛び込む。
◇ ◇ ◇
視界が、
白に塗り潰される。
音も、時間も、
上下も、意味を失う。
それでも――
チサの指だけが、
確かに、何かを掴んだ。
◇ ◇ ◇
「……ヒナタ……!」
「……チサ……!」
互いの声が、
初めて、“同じ時間”で重なる。
その瞬間。
世界は、“受け入れざるを得ない現実”として、
三人の再会を認識した。
◇ ◇ ◇
——人類連合艦隊・後方医療デッキ。
けたたましい警報の中、
ひとつの医療ポッドが、静かに開いた。
「……ッ……!」
荒い呼吸。
白い天井。
そして――
すぐ隣で、ぐしゃぐしゃに泣いている顔。
「……ヒナ……タ……」
「……チサぁぁぁ……!」
二人は、言葉にならない声で、互いの名前を呼び合った。
◇ ◇ ◇
少し遅れて、
レイが、ふらつきながらポッドの前に立った。
「……おか……えり……なさい……」
震える声で、
それでも、はっきりと。
「……“本当の席”へ……」
ヒナタは、涙だらけのまま、笑った。
「……ただいま……」
その二文字で――
すべてが、報われた。
チサは世界を守らなかった。
レイは未来を選ばなかった。
二人はただ、“迎えに行く”という約束だけを選んだ。
バスター・エクリプスは未来を静かに歪め、
それでも世界は、三人の再会を現実として受け入れた。
ここに、第2部「銀河戦争編」は幕を下ろす。
帰還は成立した――だが、その代償は、まだ語られていない。




