第49話 「最後の拒絶」
拒むのは、敵ではない。
憎しみでも、恐怖でもない。
“世界という仕組みそのもの”が、人の願いをふるいにかける。
決戦級干渉宙域・最深部。
《OVERTURE POINT》のひび割れは、
七十九%の帰還干渉率を維持したまま、激しく脈動していた。
向こう側には、確かにヒナタがいる。
声も、姿も、感情も、すぐそこだ。
「……もう少し……」
チサは、血の味がするほど奥歯を噛みしめた。
◇ ◇ ◇
――《超超級反応、完全実体化》
空間そのものが、音を立てて“折れ曲がる”。
それは、これまでのヴォイドとは明らかに違った。
巨大でもない。
派手でもない。
ただ――
**“この宙域のルールを書き換える存在”**だった。
「……あれ……
“敵”って感じしない……」
レイの声が、震える。
「……うん……
“災害”に近い……」
◇ ◇ ◇
次の瞬間。
世界が、止まった。
爆発も、レーザーも、
すべてが“途中の形”のまま静止する。
「……時間が……
止められて……!」
そうではない。
正確には――
「……“帰還”だけを……
拒否してる……!」
《OVERTURE POINT》のひび割れだけが、
露骨に“押し戻される”ように歪んでいた。
――《拒否反応、確定》
空間そのものから、冷たい“宣告”が響く。
――《帰還干渉行為は、
当宙域の安定性を著しく損なう》
――《よって、
当該存在の帰還は――
“世界規模で不許可”とする》
「……世界規模って……
なにそれ……!」
チサの叫びは、
音にすらなれず、空間に吸い込まれた。
◇ ◇ ◇
ひび割れの向こうで、
ヒナタの姿が、激しく揺らぐ。
「……チサ……!」
「……ヒナタ……!」
互いの声が、今にも届きそうなのに、
その間には、**分厚すぎる“世界の壁”**が立ちはだかっている。
――《帰還干渉率、急落》
――《七十九% → 五十四%》
「……落ちてる……!」
レイが、必死に叫ぶ。
「……このままだと……
また……引き戻されます……!」
◇ ◇ ◇
超超級存在が、ひび割れの正面へ“立った”。
それは攻撃ですらない。
ただ存在するだけで、
ひび割れの“意味そのもの”を消していく。
(……世界が……
ヒナタの帰り道を……
消そうとしてる……)
◇ ◇ ◇
そのとき。
第三勢力の声が、
わずかに“焦り”を帯びて割り込んだ。
――《警告:
この存在は、“バスター・エクリプス”起動条件と
極めて高い相関を示す》
「……エクリプス……?」
――《これは、“終焉側の安全装置”だ》
――《世界が“巻き戻されること”を拒否するための最終拒否反応》
「……私たちが……
ヒナタを取り戻そうとしてるのが……
“終焉”を壊す行為だって言うの……?」
――《その解釈で、概ね正しい》
◇ ◇ ◇
ヒナタが、ひび割れの向こうで、
ふらつきながら立ち上がった。
「……じゃあ……
私が……戻ったら……」
小さな声。
「……この世界……
壊れちゃうの……?」
チサの胸が、ぎゅっと潰れる。
「……そんなの……
“帰るな”って言ってるみたいじゃない……」
◇ ◇ ◇
超超級存在が、
ゆっくりと“こちら側”へ手を伸ばした。
触れていないのに、
チサの機体の装甲が、音もなく削れていく。
――《世界安定のため、
干渉主体の排除を開始》
「……排除……!?」
レイの機体にも、同時に不可視の圧力がかかる。
――《チサ機、外部装甲、自己崩壊開始》
――《レイ機、推進系、存在不整合発生》
「……く……!」
「……ちからが……抜ける……!」
◇ ◇ ◇
ひび割れの向こうで、
ヒナタが必死に叫ぶ。
「……やめて……!
チサ……レイ……!」
「……ヒナタ……
見るな……!」
チサは、必死に笑おうとした。
「……大丈夫……
まだ……止まってない……!」
――《帰還干渉率、四十一%》
もう、“失敗圏内”だった。
◇ ◇ ◇
そのとき、
第三勢力の声が、はっきりと告げた。
――《選択を行え》
「……なにを……?」
――《この存在を排除し、
強制的に帰還を成立させるか》
――《あるいは――
彼女を、ここに残すか》
空間が、凍りついた。
◇ ◇ ◇
――《前者を選択する場合、
“バスター・エクリプス”の起動が不可避となる》
「……エクリプスを……
使うって……?」
――《そうだ》
――《それは“帰還”と同時に、
この宙域と、
“未来そのもの”を大きく書き換える》
「……じゃあ……
後者は……?」
――《彼女は生存する》
――《だが、
“人類側の現実”へは、
二度と戻れない》
チサの思考が、完全に止まった。
(……救うか……
帰すか……)
◇ ◇ ◇
ひび割れの向こうで、
ヒナタが、静かに言った。
「……私は……
もう……決めてる……」
涙を浮かべながら、
それでも、はっきりと。
「……もし……
この世界が……
私の帰りで壊れるなら……」
一拍。
「……私は……
戻らない……」
その言葉は、
誰よりも彼女自身を、深く切り裂いていた。
◇ ◇ ◇
「……ダメ……」
チサの声が、かすれた。
「……そんなの……
また……
一人で全部、背負うって言ってるだけだ……」
レイも、必死に叫ぶ。
「……ヒナタさん……
それは……
“選んでる”んじゃありません……
“諦めてる”だけです……!」
だが、世界は待ってくれない。
――《選択まで、
残り三十秒》
ひび割れが、急速に縮小を始めた。
世界は、ヒナタの帰還を“終焉への干渉”として拒絶した。
そして提示された、最後の二択。
バスター・エクリプスによる強制帰還か、
ヒナタをこちら側に置き去りにするか。
これは救出ではない。
“未来を選ぶか、一人を選ぶか”という、最も残酷な問いだ。
次で、第2部は真正面からこの答えに踏み込む。




