第48話 「ただいまの距離」
近づけば近づくほど、
言葉は、簡単には届かなくなる。
それでも人は、
“ただいま”の二文字を信じて、前へ進む。
決戦級干渉宙域。
《OVERTURE POINT》の“ひび割れ”は、
戦場の中心で、脈打つように明滅していた。
「あれが……
ヒナタの……」
チサの息が、わずかに震える。
「……はい……
“出口”と“入口”が、
同時に存在している状態です……」
レイの声にも、緊張が混じっていた。
◇ ◇ ◇
ひび割れの奥。
ヒナタは、光の流れの中で、両手を伸ばしていた。
「……近い……」
ここからなら、
戦場の爆音すら、かすかに“振動”として伝わってくる。
(……チサ……
レイ……)
確かに、二人はいる。
だが――
ほんの数メートル先が、
**“決して触れられない距離”**だった。
◇ ◇ ◇
――《警告:帰還干渉率、五十二%》
「……五割……」
チサの喉が、ひくりと鳴る。
――《このままでは、
座標が安定しきらず、
帰還途中で“分解”する可能性が高い》
「……そんな……!」
レイが、思わず叫ぶ。
「……どうすれば……!」
――《鍵は、戦場の“選択”にある》
第三勢力の声が、重く響く。
――《君たちが“守り続けるか、進み続けるか”
どちらを選び、 “継続するか”が、
彼女の帰還率を変動させる》
◇ ◇ ◇
その直後。
超級個体の群れが、
再び、ひび割れの前へとなだれ込んできた。
――《遮断行動、開始》
「……来た……!」
チサの機体が、思わず前へ出かける。
(……ここで……
塞げば……
ヒナタは……守れる……)
その考えが、一瞬、頭をよぎる。
◇ ◇ ◇
だが、次の瞬間。
「……チサさん!」
レイの叫びが、通信に割り込んだ。
「……ヒナタさんは……
“止まると、戻れない”って
初めから……言ってました……!」
その言葉が、胸を強く打つ。
◇ ◇ ◇
(……そうだ……)
ヒナタは、
“受け流す”ことで戦ってきた。
止まらず、
巻き込まず、
流し続けることで、生き延びてきた。
(……だったら……)
チサは、操縦桿を強く握り直した。
「……私も……
止まらない……!」
◇ ◇ ◇
チサの機体は、
超級個体の正面へ向かわず、
わずかに進路を“斜め”へ切った。
――塞がない。
――正面から受け止めない。
“通り抜けるための道”を作る。
「……レイ! ついてきて!」
「……はい!」
二機は、
超級個体の包囲網へ、
真正面ではなく、
“流れに沿って”突っ込んだ。
◇ ◇ ◇
爆発、衝撃、振動。
だが、完全な被弾にはならない。
敵の動きと、
ほんの“半拍”だけ、ズレ続ける。
(……これ……)
チサは、確信した。
(……ヒナタの……
“途中の戦い方”だ……!)
◇ ◇ ◇
ひび割れの奥。
ヒナタは、はっと息を呑んだ。
「……それ……
私の……!」
チサの動きが、
自分の未完成な受け流しと、
ぴったり重なって見えた。
(……私が……
途中で、止めた場所だ……)
◇ ◇ ◇
――《帰還干渉率、上昇》
――《六十七%》
数値が、確かに上がる。
「……上がった……!」
レイの声が、弾む。
だが――
その代わりに、
チサの機体の被弾警告が、一斉に点灯した。
――《装甲、限界》
「……っ……!」
(……これが……
進み続ける代償……!)
◇ ◇ ◇
ひび割れの向こうで、
ヒナタが、叫ぶ。
「……チサ!
無理しすぎ……!」
声は、歪みながらも、確かに届いていた。
「……大丈夫……!」
チサは、歯を食いしばる。
「……だって……
あと少しなんでしょ……?」
その笑い声は、
無理をしていると、誰にでも分かるものだった。
◇ ◇ ◇
――《帰還干渉率、七十二%》
だが、
まだ足りない。
“ただいま”を成立させるには、
八十%以上が必要だった。
◇ ◇ ◇
レイが、前へ出た。
「……今度は……
私が……押します!」
その動きには、
もはや“代役”の遠慮はない。
「……ヒナタさん……
私は……
あなたの席を……
返すために……
ここにいます……!」
レイの機体が、
チサの作った“流れ”を、
さらに太く、強固なものにしていく。
◇ ◇ ◇
――《帰還干渉率、七十八%》
ひび割れの向こうから、
ヒナタの輪郭が、
はっきりと“人の形”に戻り始めた。
「……あと……少し……!」
ヒナタの声には、
はっきりと“体温”が戻っていた。
◇ ◇ ◇
だが、そのとき。
戦場の奥から、
これまでとは“質の違う”禍々しい反応が立ち上がった。
――《超超級反応、出現》
空間が、裂ける。
これまでのすべてを、
“前座”にしてしまうほどの、圧倒的な存在。
「……あれ……
私たちに……
“進むな”って言ってる……」
レイの声が、震えた。
◇ ◇ ◇
ひび割れの向こうで、
ヒナタが、はっきりと言った。
「……ねえ……
チサ……
レイ……」
「……なに?」
「……もし……
ここで……
選ぶなら……」
一拍。
「……私……
置いていかれても……いい」
「……は?」
チサの思考が、一瞬、止まる。
「……だって……
そのほうが……
みんなが……
生き残れるなら……」
◇ ◇ ◇
チサの胸が、
怒りと恐怖と、
どうしようもない愛情で、ぐちゃぐちゃになる。
「……そんなの……
絶対、ダメだ……!」
声が、震える。
「……ヒナタ……
それは……
あんたの選び方じゃない……!」
ひび割れの向こうで、
ヒナタが、少し驚いたような顔をした。
「……え……?」
◇ ◇ ◇
「……あんたは……
ずっと……
“止まらない側”を……
選び続けてきたじゃん……」
一呼吸。
「……だったら……
最後まで……
置いていかれない側でいなよ……!」
その言葉は、叱責のようで、
必死な願いそのものだった。
◇ ◇ ◇
ヒナタの目から、
ぽろりと涙がこぼれる。
「……ずるいよ……
チサ……」
けれど、次の瞬間。
「……うん……」
ヒナタは、はっきりと頷いた。
「……私……
最後まで……
戻る側で……いる……!」
◇ ◇ ◇
――《帰還干渉率、七十九%》
あと一歩。
だが――
最後の一%が、
戦場そのものに阻まれていた。
ひび割れの向こうと、こちら側。
三人の距離は、かつてなく近づいた。
だが「ただいま」には、まだ一歩、足りない。
進み続ける選択は、確かに帰還率を上げる。
その代償として、戦場はさらなる“拒絶”を突きつける。
それでも三人は、もう誰も置いていかないと、はっきり決めていた。




