第47話 「開戦」
始まりの合図は、いつも静かだ。
叫びも、祈りも、引き金の音もない。
ただ、“戻れない時間”が、音もなく流れ始める。
〇六〇〇時。
決戦級干渉宙域、突入。
――《全艦隊、前進開始》
人類連合艦隊が、一斉に動いた。
戦艦、巡洋艦、機動部隊、無数の光が、ひとつの方向へ収束していく。
「……始まった……」
チサは、操縦桿を握りしめた。
「……レイ、聞こえる?」
「……はい。
全回線、正常です」
二人の機体は、最前線配置だ。
ここは“守るための先頭”ではない。
**“戻ってくる者を迎えに行く最前列”**だった。
◇ ◇ ◇
敵影、接触。
宙域の向こう側から、黒い奔流のようにヴォイドが溢れ出す。
――《斥候級多数》
――《迎撃級、後方に展開》
――《超級反応、未確認》
「……来すぎでしょ……!」
迎撃部隊が、怒涛の火力で先頭列を薙ぎ払う。
爆光、衝撃、断末魔のような通信。
開戦は、一瞬で地獄に転じた。
◇ ◇ ◇
「……チサさん、右舷、抜けます!」
「……了解! 私が引く!」
チサの機体が、前に出る。
ヒナタの受け流しとは違う。
正面から耐え、押し返す戦い方。
(……でも……
今日は……
“塞ぐだけ”じゃない……!)
チサは、わずかに進路をずらした。
――道を、作る。
◇ ◇ ◇
その隙間を、レイの機体が正確にすり抜ける。
「……突破します!」
レイは、“後方監視”ではなく“前進”を選んだ。
それは、もう“代役”ではない動きだった。
◇ ◇ ◇
――《超級反応、出現!》
空間が、軋む。
かつてチサが命を賭して塞いだ“あれ”と、
同系統の巨大個体。
「……また……
止める役……?」
一瞬、迷いが走る。
だが、チサは首を振った。
「……違う……!」
操縦桿を、強く前へ倒す。
「……今日は……
“止まらない”ほうを選ぶ!」
◇ ◇ ◇
迎撃火力が集中する。
だが、超級個体は、なおも生き残る。
――《前進不能》
――《このままでは、回収ポイントに到達できません!》
「……分かってる……!」
チサの視界に、一瞬だけヒナタの顔がよぎる。
(……今ごろ……
あの子は……)
◇ ◇ ◇
そのとき。
戦場の“奥”で、空間が歪んだ。
それは、ワープでも、爆発でもない。
**“世界の重なり合う音”**だった。
――《干渉反応、急上昇》
――《座標《OVERVERTURE POINT》、活性化!》
「……来た……!」
チサとレイは、同時に気づいた。
(……ヒナタ……!)
◇ ◇ ◇
超級個体の背後、
空間に、淡い“ひび割れ”のような光が走る。
それは、崩壊ではない。
“接続”の兆しだった。
「……レイ! あれが……!」
「……はい……
“重なる場所”です……!」
だが――
超級個体が、その前に、ゆっくりと立ち塞がった。
まるで、“帰還”そのものを拒むかのように。
◇ ◇ ◇
「……どいて……!」
チサの声が、戦場に響く。
「……そこは……
帰る場所なんだから……!」
機体が、再加速する。
限界を、さらに一歩超える。
レイも、並走する。
「……チサさん!」
「……行くよ!」
二機は、同時に、
超級個体の正面へ突っ込んだ。
◇ ◇ ◇
その先の“ひび割れ”の奥で――
ヒナタは、確かに、こちらを見ていた。
戦争は、戻るための舞台としても牙を剥く。
チサとレイは今日、“塞ぐ側”ではなく“進む側”を選んだ。
そして戦場の奥で、帰還座標《OVERTURE POINT》がついに活性化する。
その向こうには、確かにヒナタがいる。
だが、再会への道を塞ぐのもまた、戦争そのものだった。




