第46話 「決戦前夜」
戦争の前夜は、いつも静かだ。
誰もが眠れず、誰もが明日の話をしない。
それぞれが、それぞれの“失いたくないもの”を思い出す夜だから。
人類連合艦隊・最終防衛集結宙域。
無数の戦艦と機動兵器が、星の海を埋め尽くしていた。
これまでのどの戦線よりも、
多くの命と火力が、一点に集められている。
「……全部、ここに集めたんだね……」
チサは、艦外モニターに映る光の群れを見つめながら、静かに呟いた。
「……はい……
後退できる線が……
もう、ないからです……」
レイの声音も、低かった。
◇ ◇ ◇
艦内は、異様なほど静かだった。
整備スタッフの足音も、
通信士の声も、
すべてが、必要最低限に抑えられている。
その沈黙が、かえって“これから起きること”を強く意識させた。
◇ ◇ ◇
簡易待機室。
チサは、ヘルメットを膝に置いたまま、ぼんやりと床を見つめていた。
「……レイ」
「……はい」
「……もしさ……
明日……
私、戻れなかったら……」
言い終わる前に、レイが首を振る。
「……その言い方、
私は……嫌いです」
チサは、少しだけ苦笑した。
「……ごめん……
でも……
考えちゃうんだ……」
レイは、ゆっくりとチサの正面に立った。
「……チサさんが戻らなかったら……
私は……
ヒナタさんと一緒に……
全力で探します」
「……二人が、いなくなったら?」
「……それでも……
私は……
“迎える席”を空け続けます」
迷いのない声だった。
◇ ◇ ◇
そのとき、チサの端末が、小さく震えた。
――《受信:極秘通信》
表示された送り主は——
UNKNOWN。
「……これ……」
画面を開いた瞬間、
ノイズ混じりの音声が、室内に流れる。
『……チ……サ……』
その声を聞いた瞬間、
チサの心臓が、大きく跳ね上がった。
「……ヒ……ナタ……?」
『……今は……
長く……話せない……』
途切れ途切れの声。
それでも、確かに“本人”だった。
『……明日……
多分……
全部が……重なる……』
「……うん……」
チサは、必死に声の震えを抑えた。
「……絶対……
迎えに行く……」
『……うん……
信じてる……』
一瞬だけ、間。
『……チサ……
レイに……
“ありがとう”って……』
「……自分で言いなよ……
帰ってきて……」
ノイズが、一気に強まる。
『……約束……』
それを最後に、通信は途切れた。
◇ ◇ ◇
室内は、しばらく無音になった。
レイが、そっと口を開く。
「……ヒナタさん……
生きてますね……」
「……うん……
ちゃんと……
ここまで来てる……」
二人は、同じ方向を見つめた。
そこには、まだ見えない“戦場の中央”がある。
◇ ◇ ◇
艦内放送が、静かに流れた。
――《全艦隊へ通達。
決戦級干渉宙域への突入は、
〇六〇〇時をもって開始する》
それは、最後の“準備完了”の合図だった。
◇ ◇ ◇
深夜。
チサは、一人で格納デッキに立っていた。
自分の機体の装甲に、そっと手を当てる。
「……ヒナタ……」
言葉にしなくても、
胸の奥では、何度も何度も、同じ名前を呼んでいた。
「……明日……
今度こそ……
一緒に帰ろう……」
そのとき、背後から足音がした。
「……チサさん」
レイだった。
「……もう……
逃げ場、ないですね……」
チサは、小さく笑う。
「……うん……
でも……
逃げる気も、ないよ」
二人は、並んで機体を見上げた。
それはもう、“兵器”ではなかった。
**誰かを連れ帰るための“足”**になっていた。
決戦前夜は、誰にとっても優しい時間ではない。
だがこの夜、チサとレイは確かにヒナタの“声”を受け取った。
それは希望であり、同時に最後の確認でもある。
明日、三人は同じ戦場に立つ。
迎える者、戻る者、そして戦う者として。
ここから先は、もう物語ではなく、運命の領域だ。




