第45話 「引き返せない座標」
帰るための道は、
いつも“戻れる場所”から始まるわけじゃない。
ときにそれは、
“二度と引き返せない場所”として現れる。
第三勢力宙域・中枢近傍。
ヒナタの映像が消えたあとも、
チサとレイは、しばらく言葉を失ったまま立ち尽くしていた。
「……地図が……変わった……」
レイが、微かに震える声で言う。
計器に表示されていたはずの“現在座標”が、
ゆっくりと別の数値へと書き換わっていく。
「……固定されてない……
流されてる……?」
――《帰還座標、再定義開始》
第三勢力の声が、空間そのものから響いた。
――《彼女と交差する唯一の座標は、
“決戦級干渉宙域”のみ》
「……やっぱり……」
チサは、奥歯を噛みしめる。
「……戦場のど真ん中……」
◇ ◇ ◇
――《説明を行う》
空間の奥に、複数の“時間断面”のような映像が浮かび上がる。
破壊された艦隊。
崩壊するコロニー。
超級個体が、群れをなして侵攻する光景。
――《現在、
ヴォイドと人類の戦争は、
“干渉限界”を突破しつつある》
「……干渉……?」
――《第三勢力が直接介入できる限界線のことだ》
――《その限界が崩れれば、
“世界の終わりに最も近い戦場”が形成される》
チサの背筋が、ぞくりと粟立つ。
「……そこが……
ヒナタが戻れる場所……?」
――《正確には、
“彼女が戻ってきても世界が耐え切れる唯一の座標”だ》
「……そんな……
条件……厳しすぎでしょ……」
レイの声は、かすれていた。
◇ ◇ ◇
――《彼女は今、
“こちら側”と“人類側”の境界に固定されつつある》
――《その固定を解くためには、
両側の世界が同時に最大出力で共振する必要がある》
「……共振……」
チサは、はっきりと理解した。
「……つまり……
戦争が、
一番ひどい瞬間じゃないと……
ヒナタは戻れない……」
――《概ね、正しい》
一瞬の静寂。
◇ ◇ ◇
「……それって……」
レイが、かすかな声で言う。
「……ヒナタを迎えるために……
戦局が……
最悪になる必要がある……ってことですか……?」
――《因果関係は、そうなる》
チサの手が、わずかに震えた。
(……迎えに行くためには……
もっと多くの人が……
死ぬ可能性が……)
◇ ◇ ◇
「……それでも……」
チサは、静かに言った。
「……私たちは……
迎えに行く……」
レイも、迷いなくうなずく。
「……戦争を望むわけじゃありません……
でも……
“帰れる瞬間”を逃す気もありません……」
第三勢力は、しばらく沈黙した。
――《その意志、確認》
◇ ◇ ◇
次の瞬間、二人の機体の周囲に、細かな光の粒子が集まり始めた。
――《帰還不可能点、通過》
「……ん……?」
計器に、赤い表示が固定される。
――《警告:本宙域を離脱した場合、
同一時間帯での再侵入は不可能》
「……引き返せない……?」
チサの喉が、ひくりと鳴る。
――《この選択以後、
君たちは“迎えに行く側”から、
“世界の運命を背負う側”へ移行する》
◇ ◇ ◇
レイが、チサを見る。
「……後悔、しますか……?」
チサは、一瞬だけ考えて——
はっきりと答えた。
「……するかもしれない」
そして、短く息を吸う。
「……でも……
行かない後悔のほうが……
一生、消えない」
レイは、小さく笑った。
「……同感です……」
◇ ◇ ◇
第三勢力の声が、最後の確認を告げる。
――《ならば、
君たちを“帰還の鍵”として登録する》
「……鍵……?」
――《彼女が戻るかどうかは、
君たちが“戦場で何を選び続けるか”に依存する》
「……選び続ける……」
――《守るか、切り捨てるか。
進むか、退くか。
君たちの“継続した選択”そのものが、
彼女の帰還座標を安定させる》
◇ ◇ ◇
光の粒子が、ふっと消える。
代わりに、二人の計器に新しい表示が刻まれていた。
――《登録完了:
帰還誘導座標《OVERVERTURE POINT》》
「……序曲……」
チサは、その名を小さく読み上げた。
「……ここが……
ヒナタが帰ってくる……
始まりの場所……」
レイは、深くうなずいた。
「……もう……
引き返せませんね……」
チサは、前を見据えた。
「……うん……
だから……
最後まで、迎えに行く……」
その言葉には、もう迷いはなかった。
ヒナタが帰還できる唯一の座標は、
“戦争が最も激しく交差する瞬間”だった。
チサとレイは、その引き金になる場所に、
自らの意思で立つことを選んだ。
もはやこれは救助ではない。
“世界そのものを巻き込んだ奪還”だ。
そして二人は今、後戻りのできない役割を背負った。




