第44話 「ヒナタの居場所」
居場所とは、
誰かが立っている場所ではなく、
“誰かが帰ってくると信じられている場所”のことかもしれない。
第三勢力宙域・中心干渉層。
チサとレイの機体は、試練の空間を抜けた直後、
ゆっくりと“下方向”へと引かれていく感覚に包まれた。
「……落ちてる……?」
「……違います……
“近づいてる”感じです……」
計器は相変わらず意味をなさない。
だが、二人とも直感的に理解していた。
(……ヒナタに……)
◇ ◇ ◇
やがて、空間の奥に“構造物”が見え始めた。
艦でも、要塞でもない。
まるで、空間そのものが折り重なってできた巨大な巣のような形。
「……あれが……
第三勢力の中枢……?」
「……たぶん……
ヒナタさんがいるなら……
あそこです……」
その瞬間——
チサの胸に、はっきりとした“感覚”が走った。
(……近い……)
◇ ◇ ◇
――《識別:回収行動、最終段階》
空間そのものから、第三勢力の“声”が響く。
――《だが、ここから先は“侵入”ではない》
「……どういう意味……?」
――《彼女の“居場所”へ入るということだ》
レイの指先が、わずかに震えた。
「……居場所……」
――《彼女は、すでにこの領域の“一部”となりつつある》
「……そんな……!」
チサの声が、思わず強くなる。
「……ヒナタは……
誰かの一部になるために……
ここに行ったんじゃない……!」
一拍の沈黙。
――《その理解は、正しい》
だが、続く言葉は重かった。
――《だが、“正しさ”だけでは、
帰還は成立しない》
◇ ◇ ◇
中枢構造体の表面に、光の文様が走る。
次の瞬間、二人の正面に“窓”のようなものが開いた。
そこに映し出されたのは——
光の流れの中で、静かに立つヒナタの姿だった。
「……ヒナ……タ……」
チサの声が、震える。
「……やっと……
見つけた……」
◇ ◇ ◇
映像の中のヒナタは、以前よりも少しだけ大人びて見えた。
身体の輪郭が、光と同化しかけている。
だが、その表情は——
確かに、アオイ・ヒナタそのものだった。
「……チサ……?」
次の瞬間、
ヒナタの唇が、はっきりと動いた。
「……レイ……?」
「……聞こえてる……?」
レイの目から、思わず涙がこぼれる。
「……ヒナタさん……!」
◇ ◇ ◇
だが、その再会は、完全なものではなかった。
――《接触、未成立》
空間に、冷たい宣告が走る。
――《彼女は、すでに“多層位相”へ移行しつつある》
「……多層……?」
――《同一の時間・位置に、
完全には存在していないという意味だ》
「……じゃあ……
このままじゃ……
一緒に帰れない……?」
――《現段階では、否定できない》
ヒナタが、ゆっくりと首を振った。
「……チサ……
レイ……」
その声は、確かに二人に届いている。
「……私……
まだ……戻れないみたい……」
◇ ◇ ◇
「……そんなの……!」
チサが、思わず叫ぶ。
「……ここまで来たのに……!」
「……ごめん……」
ヒナタは、少し困ったように笑った。
「……でも……
二人が来てくれたの……
ちゃんと……分かった……」
光の中で、ヒナタの姿が、わずかに揺らぐ。
「……だから……
私……もう一回……
戻るための“準備”をする……」
◇ ◇ ◇
「……準備……?」
レイが、必死に問いかける。
「……どれくらい……?」
ヒナタは、少しだけ目を伏せてから答えた。
「……時間の感覚……
もう……
私にも、はっきりしない……」
チサの胸が、強く締めつけられる。
「……でも……」
ヒナタは、はっきりと言った。
「……戻る気は……
ある……!」
◇ ◇ ◇
――《確認:
彼女は“帰還意思”を保持》
――《だが、座標安定には、
なお“代価”と“猶予”が必要》
「……代価……」
チサとレイは、同時にヒナタを見る。
「……何を……
失うの……?」
ヒナタは、少しだけ笑った。
「……たぶん……
私が、ここで覚えた……
“強さ”の、半分くらい……」
その言葉に、チサは唇を噛んだ。
「……そんなの……
安い……!」
「……安いよ……!」
レイも、同時に叫ぶ。
◇ ◇ ◇
ヒナタの目に、はっきりと涙が浮かぶ。
「……ありがとう……
でも……
それでも……
“失う”のって……
ちょっと、怖いんだ……」
「……だったら……!」
チサは、まっすぐ前を向いた。
「……怖いまま……
帰って来ればいい……!」
ヒナタは、一瞬、きょとんとしたあと——
くしゃっと、泣き笑いのような顔になった。
「……それ……
チサらしい……」
◇ ◇ ◇
――《現時点での直接回収は、不可能》
――《だが、
“帰還の座標”は、確定した》
「……座標……」
――《次に接触できる可能性が生じるのは、
外縁宙域・決戦級干渉ポイント》
チサの目が、鋭くなる。
「……次は……
戦場なんだね……」
ヒナタは、静かにうなずいた。
「……うん……
たぶん……
“全部が重なる場所”……」
◇ ◇ ◇
映像のヒナタの輪郭が、ゆっくりと薄くなっていく。
「……ヒナタ!」
「……また来るよ!」
「……今度こそ……
一緒に帰るから!」
チサとレイの声が、重なる。
「……うん……」
ヒナタは、確かに、笑った。
「……待ってる……
私の席……
まだ……空いてるでしょ……?」
「……当たり前だよ……!」
その言葉を最後に、
光の“窓”は、静かに閉じた。
◇ ◇ ◇
元の静かな宙域に、三人の声だけが余韻として残る。
チサは、深く息を吐いた。
「……生きてる……」
「……帰る気も、あります……」
レイも、静かに言う。
「……それだけで……
十分です……」
チサは、前を見据えた。
「……次は……
“迎えに行く”んじゃない……」
一拍。
「……“一緒に、戦場から引っ張り戻す”んだ」
その声は、震えてはいなかった。
ついに三人の声が、同じ場所で重なった。
だが、再会はまだ“未成立”のまま。
ヒナタは戻る意思を示し、チサとレイは迎える覚悟を固めた。
次に交わる場所は、静かな異界ではなく、極限の戦場。
そこで三人は、今度こそ“同じ時間”を取り戻そうとしている。




