第4話 「使用禁止命令! それでも私は止まれない」
暴走。
それはアオイ・ヒナタにとって、力の証明であり、同時に最大の弱点でもあった。
守るために振るった力は、確かに一つの答えを示した。
だがその代償として、彼女は“封じられる”。
止められた足で、それでも前に進めるのか。
少女の根性が、再び試される。
「――アオイ・ヒナタ。
本日より、オーバードライブの使用を無期限禁止とする」
訓練区画のブリーフィングルームは、一瞬で静まり返った。
「え……?」
ヒナタの口から、間の抜けた声がこぼれる。
「え、えっと……き、禁止って、その……使っちゃダメ、ってことですか?」
「そのままの意味だ」
キリサキ教官は腕を組み、冷たい視線をヒナタに向けた。
「第3話のチーム戦。
結果は“勝利”だった。だが内容は最悪だ。
ミサキ・レイナは右腕部擬似破損、貴様は完全沈黙。
どちらも、実戦なら“死亡扱い”だ」
「う……」
重い言葉に、ヒナタは唇を噛みしめた。
「オーバードライブは、まだ“力”ではない。
ただの爆弾だ。
爆弾を抱えた兵士を、前線には出せん」
「……じゃあ、私……どうすれば……」
「使わずに戦え」
あまりにも簡単に、キリサキは言った。
「制御できるまで、貴様は“普通の候補生以下”として訓練を受けてもらう」
ブリーフィング終了の合図が鳴る。
ヒナタは、その場に立ち尽くしたまま動けなかった。
◇ ◇ ◇
「……ヒナタ、元気なさすぎじゃない?」
演習後の通路で、チサが隣を歩きながら声をかけてきた。
「うん……まぁ……」
ヒナタはスーツの袖をぎゅっと握る。
「オーバードライブ禁止って……
それって、私の“存在理由”も禁止されたみたいで……」
「そんなことないでしょ」
チサは即答した。
「ヒナタは、暴走しなくてもヒナタだよ。
変なところで無敵だし、変なところで素直だし」
「変なところって何!?」
「全部」
「ひどい!!」
だが、その軽口に少しだけ救われた気がした。
そのとき、前方から聞き慣れない声が響いた。
「へぇ……あんたが、噂の“シミュレーターキラー”?」
「……え?」
振り向くと、そこに立っていたのは――
見たことのない少女だった。
銀色に近い白髪。
鋭い目つき。
感応スーツの胸元には、見慣れない特別クラスの徽章が光っている。
「私、別クラス所属。
名前は――ユズハ・クロネ」
「え、えっと……アオイ・ヒナタです!」
「知ってる」
ユズハはにやっと笑った。
「禁止命令、出たんでしょ?
“オーバードライブ使用不可”」
「な、なんでそれを……!?」
「教官ネットワークなんて、だいたい筒抜けよ」
ミサキが遅れて合流し、ユズハを一瞥する。
「……あなた、特別研究枠の問題児ね」
「そういう言い方はひどくない?」
ユズハは肩をすくめ、ヒナタを指差した。
「でもさ。
あんたの力、禁止されようが何だろうが――
**“あふれ出る”でしょ?」
「……!」
ヒナタの胸が、どくんと脈打つ。
「使わないって決めても、出ちゃう力ってあるのよ。
私には、それがよくわかる」
ユズハの目が、一瞬だけ影を帯びた。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
無人の模擬演習区画で、ヒナタは一人、訓練用ヴァルキュリアと向き合っていた。
「……出すな。
出すな出すな出すな……」
スロットルを握る手が震える。
ゆっくり、ゆっくり。
最低出力での機動。
いつもなら、ここで加速してしまう。
けれど今日は――
――《出力安定》
「……やった」
ほんの一歩前進できた、その瞬間。
――《警告。感情振幅上昇》
「え、あ、あ……?」
胸が熱くなる。
心拍が上がる。
息が荒くなる。
「ちが……違う……
今は出しちゃ……!」
次の瞬間。
――《オーバードライブ兆候検知》
「わああああああああ!!」
機体が白く光りかけた、そのとき――
――ガコンッ!
外部からの強制停止信号。
光は、寸前で消えた。
「……まだ、制御できてないわね」
振り向くと、そこに立っていたのはユズハだった。
「ユ、ユズハさん……!?」
「教官にバレたら、また怒鳴られるよ?」
そう言いつつ、彼女は端末を操作してヴァルキュリアを完全停止させた。
「ねえ、ヒナタ」
ユズハは静かに言う。
「力ってね。
“止めよう”とすると、逆に暴れることがあるの」
「……」
「大事なのは、“押さえつける”ことじゃなくて――
“逃がしてやる場所を作る”こと」
その言葉は、ヒナタの胸に深く残った。
◇ ◇ ◇
翌日の朝。
訓練場に並ぶ候補生の前で、キリサキは宣言した。
「本日より、新たな評価試験に移行する。
題して――“出力ゼロ近接戦”」
「しゅつりょく……ゼロ……?」
ヒナタが聞き返す。
「すべての機体にリミッターをかける。
オーバードライブは永久封印。
頼れるのは、操縦技術と判断力だけだ」
ヒナタの背中を、冷たい汗が流れた。
(逃げ場が……ない……)
だが、キリサキはヒナタだけを見て、言った。
「アオイ・ヒナタ。
今日の貴様は――
“力を持たない自分”と戦え」
ヒナタは、ゆっくりと拳を握りしめた。
「……わかりました」
逃げない。
爆発しない。
今は、“小さく戦う”。
それでも――
「トップを越えるって決めたんです。
だったら、どんな形でも……前に進みます!」
その目は、まだ折れていなかった。
止められた力は、奪われた力ではない。
使えないことと、持っていないことは、違う。
アオイ・ヒナタは初めて「何も使えない自分」と向き合う立場に立たされた。
暴走の先にあるのが破壊なら、制御の先にあるのは何なのか。
少女の戦いは、静かに次の段階へと移っていく。




