第34話 「バスター・エクリプスの原型」
それは、勝つための兵器ではない。
生き残るための兵器でもない。
――“終わらせるため”に生まれた、禁断の影。
第三勢力艦・最深部ブロック。
ヒナタは、重い隔壁の前に立っていた。
「……この奥が……」
「そうだ」
イリオスが、認証端末に手をかざす。
「ここには、
君たち人類が“まだ”扱えない領域の技術が眠っている」
低い駆動音とともに、隔壁がゆっくりと開いた。
◇ ◇ ◇
そこは、艦内とは思えないほど巨大な空間だった。
天井は見えず、
床の向こうまで、淡い青白い光が霧のように漂っている。
「……広すぎ……」
思わず、声が漏れた。
「ここは、かつて“星を食った兵器”の保管区画だ」
「……星を……食う……?」
冗談とも、本気とも取れない言葉。
だが、次の瞬間――
霧の向こうに、**異様な“輪郭”**が浮かび上がった。
人型でもなく、艦でもなく、
それでいて“兵器”であることだけは、はっきりと分かる形。
中心に、巨大な“日食のような円環”。
「……あれが……」
「まだ、“完全体”ではない」
イリオスの声が、ひどく静かだった。
「だが――
原型はすでに、ここにある」
◇ ◇ ◇
「……名前は……あるんですか……?」
ヒナタの問いに、イリオスはわずかに間を置いて答えた。
「かつては、違う名で呼ばれていた」
そして、はっきりと言う。
「だが、君たちの時代では――
《バスター・エクリプス》と呼ばれることになる」
ヒナタの胸が、どくんと大きく鳴った。
(……バスター……
エクリプス……)
「……それって……
第3部で出すって言ってたやつの……」
思わず小声になる。
イリオスは、意味ありげに視線を向けた。
「まだ“出る”段階ではない。
これは、存在しているだけで“世界の均衡を歪める”代物だ」
◇ ◇ ◇
「……これ……
ヴォイドを倒すための兵器ですよね……?」
ヒナタが、恐る恐る聞く。
「倒すためではない」
即答だった。
「“戦争という概念ごと、破壊するための装置”だ」
「……え……」
「ヴォイドも、人類も、第三勢力も。
あらゆる“戦う理由”そのものを、無意味にする」
ヒナタの背中を、冷たいものが走る。
「……そんなの……
使ったら……」
「世界は、ひとつ終わる」
イリオスは、淡々と告げる。
「だが――
新しい世界が始まる可能性も、そこにはある」
(……希望と……
絶望が……
同じところに……)
◇ ◇ ◇
ヒナタは、巨大な円環の中心を見つめた。
そこには、光でも闇でもない“何か”が、静かに渦巻いている。
(……こんなもの……
人が……扱っていいのかな……)
「君は、どう思う」
不意に、イリオスが問いかける。
「……私は……」
ヒナタは、しばらく言葉を探した。
「……これで……
全部、終わるなら……」
一度、拳を握る。
「……それって……
誰かが“戻る場所”まで……
消えちゃうってことですよね……」
イリオスは、何も言わなかった。
それが、肯定でもあり、
否定できない事実でもあった。
◇ ◇ ◇
「……これを、誰が使うんですか……?」
ヒナタの問いは、かすかに震えていた。
「まだ、決まっていない」
「……私……?」
ほんの冗談のつもりだった。
だが――
「可能性は、ある」
即答だった。
「……え」
「君の戦い方は、“世界の流れを壊さずに書き換える”方向へ進化している」
イリオスの視線が、まっすぐ突き刺さる。
「《バスター・エクリプス》は、
壊しすぎる兵器だ」
「……」
「だからこそ、
“壊さない操縦者”が必要になる」
ヒナタの喉が、ひくりと鳴った。
◇ ◇ ◇
沈黙が、長く続いた。
「……私は……」
ヒナタは、ゆっくりと口を開いた。
「……それに乗るために……
ここに来たんじゃありません……」
イリオスの目が、わずかに細まる。
「……私は……
“帰るため”に……
ここで、強くなってるだけです……」
「……」
「……その途中で……
世界が壊れるなら……」
ヒナタは、震える声で続けた。
「……それは……
私の望む帰り道じゃないです……」
長い沈黙。
やがて、イリオスは小さく、息を吐いた。
「……だからこそ、
君は“候補”なのだ」
《バスター・エクリプス》は、救世の兵器ではない。
世界を終わらせるために設計された、終焉の装置だ。
アオイ・ヒナタは今日、その原型を前にして、
初めて“勝つことよりも、壊さないこと”を選び取った。
彼女はまだ知らない。
その選択こそが、やがて世界の命運を左右する鍵になることを。




