第33話 「レイの過去」
人は、過去を置いて戦場に立つことはできない。
それを隠すことはできても、消すことはできない。
少女が背負ってきたものが、今日、静かに言葉になる。
アステリア防衛線・待機デッキ。
次の迎撃まで、わずかな休憩時間。
チサは、壁にもたれて水を飲んでいた。
「……レイ」
少しだけ、躊躇いがちに呼びかける。
整備中の機体の横で、レイが振り向いた。
「……何ですか」
「……その……
突然、変なこと聞くけど……」
チサは、一度言葉を探してから続けた。
「……どうして、最前線志願したの?」
ほんの一瞬、レイの動きが止まった。
だが、すぐに工具を置き、静かにこちらを見る。
「……理由が必要ですか」
「……ううん。
ただ……知りたいなって」
ヒナタのことがあってから、
チサは“誰かがいなくなる理由”に、少しだけ敏感になっていた。
◇ ◇ ◇
レイは、しばらく無言だった。
そして、ぽつりと口を開く。
「……私、元は“候補生”じゃありません」
「……え?」
「正規軍パイロットの家族です。
父も、母も」
チサの喉が、ひくりと鳴る。
「……二人とも、
外縁宙域で戦死しました」
あまりにも静かな口調だった。
それがかえって、重く響く。
「私は……
そのとき、避難コロニーにいました」
「……」
「戦況が悪化して、
逃がす船の席は、もう一つしかなくて……」
レイは、視線を伏せた。
「……父と母は……
その席を、私に譲りました」
チサの胸が、締めつけられる。
◇ ◇ ◇
「……ずっと、思ってました」
レイの声は、淡々としている。
「……あのとき、
私が死んでいれば、二人は生きていたんじゃないかって」
「……そんな……」
「……だからです」
レイは、静かに言った。
「“代わりに座る席”に、慣れているんです」
チサの心臓が、強く打たれた。
「……ヒナタの席も……
同じだった?」
「はい」
レイは、迷いなくうなずく。
「……私は、
奪いに来たわけじゃない」
「……」
「預けられた席なら、
命を賭けて、温めます」
その言葉は、静かだが、強かった。
◇ ◇ ◇
そのとき、警報が鳴り響く。
――《敵性反応、多数接近》
――《迎撃準備、即時開始》
「……来たね」
チサが、すっと表情を引き締める。
レイも、無駄のない動きでヘルメットを手に取った。
「……チサさん」
「……なに?」
「……ヒナタさんが戻ってきたら……」
一拍、間を置いて。
「……私は、
“おかえり”って言います」
チサの胸が、じんと熱くなる。
「……うん。
一緒に言おう」
◇ ◇ ◇
三機、出撃。
チサが中央、レイが後方、もう一機が前衛。
フォーメーションは、もう“チサ班”として形になっていた。
だが、チサの胸の奥には、別の確信が静かに芽生えつつあった。
(……この班は……
ヒナタが作った班なんだ……)
そして――
その席は、今も誰にも“奪われていない”。
レイは、代わりに生きることに慣れてしまった少女だった。
家族の席、命の順番、そして戦場の空席。
それでも彼女は、奪わず、預かることを選んだ。
チサは今日、レイが“ヒナタの代役”ではなく、
“ヒナタの帰りを待つ仲間”であることを、はっきりと知った。




