表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トップを越えろ!  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/43

第32話 「帰るための速度」

速くなればなるほど、

戻る道は、細くなる。

少女は今日、帰還と喪失の分かれ目に立たされる。

 第三勢力艦・深層訓練区画。


 ヒナタは、透明な床の上に立っていた。

 その下には、星の海がそのまま広がっている。


「……落ちたら?」


 思わず、そう聞いた。


「死なない」


 イリオスは即答した。


「ただし、“戻れなくなる”可能性はある」


「……それ、死ぬより怖くないですか……?」


 イリオスは答えない。

 だが、それが肯定であることは、分かった。


◇ ◇ ◇


「今日の訓練は、“連続省略移動”だ」


「……昨日の、あれを……続けてやるんですか……?」


「そうだ。

 一回が偶然でも、二回目は“技術”になる」


 床の向こうに、無数の光点が並ぶ。

 一つ一つが、“移動先”の指定点。


「制限時間、三秒」


「……多くないですか……?」


「三秒で、十回移動しろ」


「…………え?」


 ヒナタの思考が、完全に止まった。


(昨日一回で、あんなに……

 今日は、十回……?)


「君が帰るためには、それが“最低条件”だ」


 イリオスの声は、容赦がなかった。


◇ ◇ ◇


 開始。


 世界が、音を失った。


 一歩目。


 視界が、引き裂かれる。


 二歩目。


 身体の内側が、裏返る。


 三歩目。


 自分が、世界に置いていかれているような感覚。


(……だめ……

 速すぎる……)


 だが、止まれない。


 四歩、五歩。


(……チサ……

 今も……戦ってる……)


 六歩目。


 鼓動が、追いつかなくなる。


(……ユウ……

 まだ……寝てるのかな……)


 七歩目。


 視界が、白く弾ける。


(……戻るって……

 言ったのに……!)


◇ ◇ ◇


 八歩目で、世界が反転した。


 上下も、距離も、前後も、意味を失う。


(……あ……

 これ……戻れない側……)


 体温が、消えた。


 九歩目。


 自分が、“自分の身体の外”にいる感覚。


「……ヒ……ナ……?」


 誰かの声が、遠くで歪む。


 十歩目――


 ヒナタの意識が、完全にほどけた。


◇ ◇ ◇


 次に目を覚ましたとき、ヒナタは医療カプセルの中にいた。


 全身が、鉛のように重い。


「……あ……

 生きてる……?」


「死にはしないと言ったはずだ」


 イリオスの声。


「……でも……

 今の……やばかったです……」


「そうだ。

 今の君は、“帰還可能速度”の上限に触れた」


「……限界……」


「一歩でも踏み越えれば、

 君は“戦場には戻れるが、日常には戻れない存在”になる」


 ヒナタの胸が、静かに凍る。


「……それって……

 人じゃなくなる、ってことですか……」


「人の定義から、外れる」


 淡々とした言葉だった。


◇ ◇ ◇


 ヒナタは、しばらく沈黙した。


 そして、小さく笑った。


「……それでも……

 私、帰りたいです」


「……戻れる保証はない」


「……それでもです」


 イリオスの視線が、初めてほんのわずかに揺れた。


「……なぜ、そこまで戻りたい」


 ヒナタは、胸に手を当てた。


「……私の席が……

 たぶん……まだ、空いてるからです」


 それは、確信ではない。

 だが、信じたい“距離”だった。


◇ ◇ ◇


「……よろしい」


 イリオスは、静かに言った。


「では次から、“戻る前提の限界訓練”に移行する」


「……はい」


 ヒナタの声は、弱い。


 けれど、確かに前を向いていた。


(……速くなりすぎない……

 戻れなくならない……)


 それは、戦場で誰も教えてくれなかった“別の勝ち方”。


 ヒナタは今、

 “帰るために、あえて限界を踏み越えない”という戦いを選び始めていた。

速さは、人を守る力にも、日常を破壊する刃にもなる。

アオイ・ヒナタは今日、自分が“戻れなくなる速度”に触れた。

それでも彼女は踏み越えなかった。

戦うためではなく、帰るために。

少女の速度は今、ただの速さではなく、“約束の方向”を向き始めている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ