第31話 「補充要員」
空席は、やがて誰かに埋められる。
それは戦場の合理であり、残された者への残酷でもある。
少女は今日、“いない人の代わり”と向き合う。
アステリア防衛線・仮配属部隊ブリーフィングルーム。
「――戦線維持のため、仮配属第一小隊に補充要員を配置する」
司令官のその一言で、室内の空気が、わずかに揺れた。
チサは、無意識に拳を握り締める。
(……来るとは、思ってた……
でも……)
「入ってこい」
扉が開き、一人の少女が姿を現した。
短く切り揃えられた黒髪。
鋭い目つき。
年は、チサたちと同じくらいだ。
「……補充要員、キサラギ・レイ。
本日付けで仮配属第一小隊に合流します」
はっきりとした発声。
一切の迷いのない立ち姿。
「……よろしく、お願いします」
チサは、すぐに返事ができなかった。
(……この子が……
ヒナタのいた場所に……)
◇ ◇ ◇
出撃準備デッキ。
レイは、無言で自分の機体チェックを進めている。
「……ねえ」
チサが、少しだけ距離を保ったまま声をかけた。
「……ここ、前は……
三人だったんだ」
「……そうですね。
資料で確認しました」
レイは、淡々と答える。
「前任者――アオイ・ヒナタ。
MIA扱いのまま、戦線離脱」
“前任者”。
その言葉が、チサの胸をちくりと刺した。
「……ヒナタは……
“前任者”じゃない」
「……?」
「……まだ……
戻ってくる人だから……」
チサの声は、小さいながらも、はっきりしていた。
レイは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「……失礼しました」
それだけ言って、再び工具へと向き直る。
◇ ◇ ◇
初の三機編成での迎撃任務。
「……敵、斥候級三。
正面から来る」
チサは、以前よりも低く、落ち着いた声で指示を出す。
「……レイ、右側から牽制。
私は中央。
後方は……」
一瞬、言葉が詰まる。
(……後方……
前は……ヒナタが……)
「……私が見る」
レイが、短くそう言った。
「後方監視、任せてください」
「……ありがとう」
ほんの一言だが、確かな“分業”が、そこに生まれた。
◇ ◇ ◇
接敵。
一体目、撃破。
二体目、回避。
三体目が、レイの背後へ回り込む。
「……後ろ、速い!」
「……把握」
レイは、無理に加速せず、最小限の角度調整だけでかわした。
(……受け流し型じゃない……
でも……似た“間”の使い方……)
チサの胸に、微かな違和感が走る。
(……でも……
あの人とは、違う……)
最後の一体を、三人で同時に仕留める。
――任務成功。
◇ ◇ ◇
帰還後。
チサは、整備ハンガーの隅で、一人ヘルメットを外していた。
(……悪くない連携だった……
でも……)
「……あの」
レイが、少しだけ距離を空けたまま声をかける。
「……私は、前任者の“代わり”になるつもりはありません」
チサは、はっと顔を上げた。
「……え?」
「同じ席に座っているだけです。
同じ人間になることは、不可能ですから」
その言葉は、冷静で、同時に誠実だった。
「……だから」
レイは、少しだけ声を弱めた。
「……もし、その人が戻ってきたら……
私は、ちゃんと“どきます”」
チサの胸が、強く打たれる。
「……レイ……」
「……でも、それまでは」
まっすぐな視線。
「私は、ここで生き残ります」
チサは、少しだけ目を潤ませて、笑った。
「……うん。
一緒に、生き残ろう」
ヒナタの席は、埋まったわけじゃない。
ただ――“預けられた”だけなのだと、チサは思った。
空いた席に、別の人が座ることは裏切りではない。
それは戦場の現実であり、生き残るための形だ。
チサは今日、ヒナタの席が“奪われた”のではなく、
“預けられた”だけなのだと知った。
戻る場所が残っている限り、その人は、まだ終わってはいない。




