第29話 「第三勢力の訓練場」
人類の戦場には、答えがある。
だが、この場所には――答えそのものが存在しない。
少女は今日、“生き残り方”の定義を壊される。
ヒナタは、ゆっくりと足元の感覚を確かめた。
床は金属のようでありながら、微かに“脈打つ”ような振動がある。
重力は安定しているが、どこか“地面に立っている感じ”が薄い。
「……ここ……訓練場……なんですよね……?」
前方に立つイリオスの背中に、そう問いかける。
「そうだ。
だが、君の知る“訓練”とは、まったく異なる」
彼は振り向かずに答えた。
「ここでは、勝ち方は教えない」
「……え……?」
「生き方だけを、矯正する」
その言葉に、ヒナタの背筋がぞくりと震えた。
◇ ◇ ◇
広大な空間。
壁も天井も見えず、ただ無数の光点が、星のように浮かんでいる。
「ここでは、機体は使わない」
「……生身で……?」
「そうだ。
君の戦い方は、“動力”ではなく“感覚”に依存している」
イリオスが、指先を軽く動かす。
その瞬間、光点のいくつかが、鋭く収束した。
――ビシュッ!!
「……っ!」
ヒナタは反射的に、半歩だけ踏み出してかわした。
次の光が、すでに背後に迫っている。
「……っ、なにこれ……!」
(速い……
でも……“来る場所”が、分かる……?)
ヒナタは、直感的に身体を“半拍ずらす”。
光は、彼女の頬をかすめるだけで、背後へ抜けていった。
「……今のは……避けた……?」
「違う」
イリオスの声は、冷たい。
「“合わせた”だけだ」
◇ ◇ ◇
次の瞬間、光点が一斉に動き出す。
数は、十。
二十。
三十。
「……多すぎ……!」
ヒナタは走らない。
跳ばない。
ただ、“間”に身体を置いていく。
「……追わない……
競らない……
来たところで……合わせる……!」
足がもつれそうになる。
呼吸が荒くなる。
一つでも判断を誤れば――
即、被弾。
だが、不思議と“怖さ”よりも先に、“確信”があった。
(……これ……
戦場で、ずっとやってきたことだ……)
チサと。
ユウと。
守るために、“正面に立たなかった”戦い方。
最後の一条の光が、ヒナタの胸元へ迫る。
「……ここ……!」
ほんの数センチ、身体を傾ける。
光は、音もなく、横を通り抜けた。
静寂。
◇ ◇ ◇
「……全回避……」
イリオスが、初めて小さく息を吐いた。
「やはり、“完成していない完成形”だな」
「……完成……?」
「君の戦い方は、人類の戦場では“間違い”とされる」
ヒナタの胸が、少しだけ痛んだ。
「だが――」
イリオスは、はっきりと言った。
「ヴォイドに対しては、“正解”だ」
「……!」
「ヴォイドは、速さでも、火力でも、最終的には上回る。
だが、“流れ”そのものは、人の側に残る」
ヒナタの拳が、自然と握られる。
「……私……
この戦い方、信じていいんですよね……」
「信じろ」
イリオスは、迷いなく答えた。
「そして、
“誰にも真似できない速度”に仕上げる」
「……え?」
「次からは、生身で“音速域”に入る」
「…………はい?」
今度こそ、ヒナタは固まった。
◇ ◇ ◇
その日の訓練は、そこで終了した。
ヒナタは、壁にもたれて座り込み、肩で息をしていた。
「……ここ……
正直……怖いです……」
「それでいい」
イリオスは、彼女を見下ろす。
「恐怖のない適応は、ただの模倣だ」
ヒナタは、ゆっくりと顔を上げた。
「……でも……
私……戻りたい場所が、あるんです」
「知っている」
「……そこに戻るためなら……
どんな訓練でも……やります」
その言葉は、弱い声だったが、揺らがなかった。
イリオスは、少しだけ目を細めた。
「なら、ここは“牢獄”ではない」
「……?」
「帰るための、通過点だ」
その言葉に、ヒナタの胸の奥で、静かに火が灯った。
第三勢力の訓練は、強くなるためのものではない。
生き残り方そのものを書き換えるための場所だ。
アオイ・ヒナタは今日、自分の戦い方が「間違い」ではなく、
「別の正解」であることを突きつけられた。
帰るために、少女は今、誰とも違う速度へ踏み出そうとしている。




