第28話 「帰れない距離」
帰れないと知ることは、
帰りたいと願い続けるよりも、ずっと苦しい。
少女は今日、“名前の扱われ方”で現実を突きつけられる。
アステリア防衛線・司令部ブリーフィングルーム。
壁面スクリーンには、戦死・行方不明者のリストが、淡々と表示されていた。
「……次は……」
チサは、無意識に番号を数える。
表示が切り替わる。
――《アオイ・ヒナタ/Status:MIA》
MIA(Missing In Action)。
戦闘行方不明。
それは、“生存も死亡も確認されていない者”に与えられる、冷たい区分だった。
「……行方不明……」
声に出した瞬間、自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。
◇ ◇ ◇
「――現時点をもって、アオイ・ヒナタの捜索は、軍事優先順位“低”へ移行する」
司令官の言葉が、静かに下される。
「……低……?」
チサの指が、震えた。
「外縁宙域の戦線は、さらに拡大している。
正規部隊の投入が追いつかない以上、行方不明者の継続捜索は――」
「……打ち切り、ってことですか……?」
その問いに、司令官は答えなかった。
だが、沈黙そのものが、答えだった。
「……ヒナタは……
“もう探さない人”になるんですか……?」
その問いも、誰も拾わなかった。
◇ ◇ ◇
ブリーフィング終了後。
チサは、資料を胸に抱えたまま、廊下の壁にもたれかかっていた。
「……そんなの……」
ヒナタは、あの戦場で、確かに戦っていた。
確かに、生きていた。
それなのに――
「……MIAって……
ただの、記号じゃん……」
生きてるかもしれないのに。
死んでるかもしれないのに。
どちらでもない“保留”のまま、
社会から静かに消されていく区分。
◇ ◇ ◇
医療デッキ。
ユウは、まだ意識が戻らないままだった。
チサは、隔離カプセルの横に立ち、ガラス越しに顔を見る。
「……ヒナタさ……
変なところで、約束守る人だったじゃん」
“戻る”って言ったら、絶対に戻ってくる人。
「……なのに……」
声が、途中で詰まる。
「……戻れない距離まで、
行っちゃったの……?」
◇ ◇ ◇
その日の夜。
チサは、一通のデータを受信した。
――《仮配属第一小隊・再編完了通知》
――《小隊名:チサ班》
かつて、“ヒナタ班”と呼ばれ始めていた部隊は、
正式に“チサ班”へと名称を変えられていた。
「……消された……」
ヒナタの席は、
名前ごと、戦場から消されようとしている。
「……そんなの……
認めない……」
チサは、資料を強く握りしめた。
「……あんたが帰ってくるまで……
あの席は、空けておく……」
涙は、出なかった。
代わりに、胸の奥に
冷たい、硬い何かが沈んでいく。
◇ ◇ ◇
同じ時間。
誰にも知られない宙域。
ヒナタは、静かな部屋の窓から、見知らぬ星を見ていた。
「……チサ……
きっと、怒ってるだろうな……」
小さく、笑う。
「……でも……
戻るから……」
その言葉が、どれほど遠い約束になってしまったのか、
彼女自身だけは、まだ知らなかった。
行方不明という言葉は、希望と絶望の両方を切り離す。
生きているかもしれないという可能性と、
もう戻らないかもしれないという現実。
チサは今日、ヒナタの名前が“戦場の記録”へと変えられた瞬間を見た。
だが、記録になったからといって、思い出まで消えるわけではない。




