第26話 「消えた小隊長代理」
誰かがいなくなっても、戦場は止まらない。
指揮官の席が空いたままでも、敵は待ってくれない。
残された者は、“いない現実”とともに戦うしかない。
アステリア防衛線・前線指揮区画。
中央モニターに映るのは、敵性反応が再び増大していく宙域。
「……また、来るね」
チサの声は、かすれていた。
あの日から、ヒナタは戻っていない。
“捜索継続中”という言葉だけが、毎時間、機械的に更新される。
――《アオイ・ヒナタ機、未確認》
その表示は、まるで“いないこと”を証明し続けているようだった。
◇ ◇ ◇
「仮配属第一小隊、再編する」
司令官の声が、淡々と告げる。
「指揮は、ハルノ・チサ。
小隊は二名体制で運用する」
「……!」
チサの指が、ぴくりと動いた。
「……私が……指揮……?」
周囲の視線が、一斉に集まる。
「実戦経験は不足している。
だが、現場判断力は高い。
アオイ・ヒナタ代理の補佐を務めていた事実も評価した」
チサの喉が、ひくりと鳴る。
(……補佐……)
その言葉が、胸に突き刺さる。
(私は……
“横にいただけ”だったのに……)
「拒否は?」
「……できない、ですよね」
チサは、かすかに笑った。
「……やります」
その声は、震えていた。
◇ ◇ ◇
初の“チサ指揮”による迎撃任務。
相手は、斥候級ヴォイド四体。
「……全機、距離を保って後退しながら迎撃。
無理に攻めない。
生存優先で……」
その言葉は、どこかヒナタに似ていた。
(……真似じゃない。
でも……似ちゃうよね……)
接敵。
一体目を撃破。
だが、二体目の突進が、チサの予測より半拍速かった。
「……っ!」
被弾。
推進系に軽微な損傷。
「くそ……!」
(ヒナタだったら……
たぶん……こういうとき……)
思考が、ほんの一瞬、揺れた。
その隙を、敵は逃さない。
――ドォン!!
「……しまっ――」
後方にいた僚機が、直撃を受けた。
――《仮配属第二班機、脱出信号》
「……!」
チサの視界が、白くなる。
(……また……
私が……)
◇ ◇ ◇
任務は、正規部隊の介入で辛うじて成功した。
だが、帰還デッキの空気は、重かった。
「……一名、負傷。
命に別状なし」
そう告げられても、チサの胸は軽くならない。
「……ごめんなさい」
思わず、そう口に出してしまった。
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。
そのとき、防衛司令部の士官が、チサの前に来た。
「……アオイ・ヒナタの件だが」
チサの心臓が、跳ね上がる。
「……何か……?」
「……依然、発見には至っていない。
捜索範囲を、外縁宙域へ拡張する」
それは、“生存の可能性が、さらに低くなる”という意味でもあった。
チサは、何も答えられなかった。
◇ ◇ ◇
深夜。
チサは、一人、格納庫の端に座り込んでいた。
そこには、あの日までヒナタが使っていた整備ハンガーがある。
今は、空っぽだ。
「……ヒナタ」
声に出した瞬間、胸の奥が、ぎゅうっと締めつけられた。
「……いなくなってから……
全部、うまくいかないよ……」
指揮もうまくいかない。
判断も遅れる。
仲間は、また傷ついた。
「……やっぱりさ……」
小さく、笑う自分がいる。
「……あんたが、いないと……
私、全然ダメだよ……」
涙が、一粒、床に落ちる。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
誰の通信にも映らない、闇の宙域。
薄暗い艦内で、医療カプセルが、静かに作動していた。
かすかな心音。
規則正しい、生命反応。
カプセルの外に立つ、フード姿の人物が、低く呟く。
「……やはり、生きていたか」
その視線の先にいるのは――
まだ、目を覚まさないヒナタ。
「“受け流す者”……
面白い素材だ」
その言葉が、静かな“次の運命”を告げていた。
誰かの不在は、戦場ではすぐに“空白”として現れる。
チサは今日、その空白の重さと、自分の未熟さを同時に突きつけられた。
ヒナタがいない現実は、容赦なく進む。
だが同時に、彼女の存在が、どれほど大きかったのかも浮き彫りになっていく。
戦場は今、二人を別々の場所で、別々の試練へと追い立てている。




