第25話 「帰還信号なし」
生きて戻ると約束した。
けれど戦場は、その約束を守るとは限らない。
残された者は、ただ信号を待つしかない。
アステリア防衛線・後方医療艦。
戦闘終了から、すでに三十分が経過していた。
「……ヒナタの機体、まだ見つからないの?」
チサの声は、震えを抑えきれていなかった。
「……残骸は多数回収されています。
ですが……該当機のコア反応は、未検出です」
医療士官の言葉が、妙に静かに響く。
――《アオイ・ヒナタ機、帰還信号なし》
その表示が、チサの視界から消えない。
「……そんなの、間違いだよね」
誰に向けた言葉なのか、分からない声。
「だって……
あれ、ヒナタだよ……?」
“壊れない人”。
“逃げない人”。
“戻ってくる人”。
そう信じていた。
◇ ◇ ◇
回収宙域。
無数の残骸が、戦場の痕跡として漂っている。
「……反応、弱すぎます……」
「……これ、脱出ポッドの信号じゃない……」
捜索班の会話が、遠くで途切れ途切れに聞こえる。
そして――
「……ありました」
かすかな声。
回収されたのは、ヒナタ機の左脚部の破片だった。
チサの足から、力が抜ける。
「……そんな……」
それは、“生還”を示すものではなかった。
◇ ◇ ◇
同時刻。
ユウの意識は、まだ戻っていない。
隔離された医療カプセルの中で、命をつなぐ機械音だけが、規則正しく鳴っている。
「……ユウまで……」
チサは、ベンチに座り込み、膝を抱えた。
「……私だけ……残っちゃうの……?」
誰にも届かない声。
ヒナタがいない。
ユウも、戻らない。
(……私が……
弱かったから……)
そう言いかけて、声にならなかった。
◇ ◇ ◇
数時間後。
防衛司令部の簡易ブリーフィング。
「アオイ・ヒナタ機については、現在も捜索中。
ただし――」
士官は、一度言葉を切った。
「……生存の可能性は、極めて低い」
その言葉が落ちた瞬間、チサの世界から音が消えた。
「……低い、って……」
誰かが何かを続けている。
けれど、意味は入ってこなかった。
(……じゃあ……
ヒナタは……)
その続きを、考えることができない。
◇ ◇ ◇
展望デッキ。
チサは一人、暗い宙を見つめていた。
そこには、さっきまでヒナタが戦っていたはずの場所がある。
「……ヒナタ……」
名前を呼んでも、返事はない。
「……帰ってくるって……
言ったじゃん……」
初めて、声が震えた。
「……戻るって……
約束したじゃん……」
目頭が熱くなる。
「……嘘つき……」
そう呟いた瞬間、ついに涙がこぼれた。
泣いてはいけないと、思っていた。
小隊長の代わりを、一緒に務めると決めたから。
でも今は――
どうしようもなく、“一人の仲間”としての感情が溢れてくる。
◇ ◇ ◇
その頃。
宙域のさらに外縁。
誰のセンサーにも映らない、死の海。
砕けた機体の残骸が、ゆっくりと漂っていた。
その中に――かすかに明滅する、ひとつの脱出信号。
極限まで弱った、心拍反応。
そして、意識を失ったヒナタの姿。
(……まだ……生きてる……)
その周囲に、静かに集まり始めていたのは――
どの部隊にも属さない、見知らぬ艦影だった。
帰還信号が途絶えたとき、人は最悪を想像する。
アオイ・ヒナタはこの時、消えた存在となった。
残された者の時間だけが、静かに進んでいく。
だが、帰ってこないことと、生きていないことは、同じではない。
少女は今、誰の知らぬ場所で、まだ戦場の外に出られずにいる。




