第24話 「退かせる決断」
守るために立つということは、
すべてを守れるという意味ではない。
戦場が求めるのは、勇気よりも冷たい選択だ。
アステリア防衛線・再出撃宙域。
ヒナタの視界には、赤い警戒表示が幾層にも重なっていた。
「敵主力、前方宙域に集中……数、予測不能……」
チサの声が、かすかに震える。
「……私たちだけで、どれくらい足止めできますか」
「……正直、十分も持たない」
その“十分”が、今は恐ろしいほど短く感じられた。
(それでも……
十分あれば……コロニーは……)
ヒナタは、必死に星図と被害予測を頭の中で重ねる。
「正規艦隊の到着予測は!?」
「最短で……二十分後!」
二十分。
今の戦力で守れる時間の、倍以上。
(……足りない)
その事実が、静かに、そして確実に突きつけられた。
◇ ◇ ◇
「……ヒナタ」
チサが、意を決したように言う。
「このままじゃ……
私たち、全員沈むよ」
「……分かってる」
ヒナタの指が、操縦桿の上で微かに震える。
背後には、まだ完全には退避しきれていない小型コロニー。
前方には、無数のヴォイド反応。
(……全部、守りたい)
だが、それは願いであって、選択ではなかった。
そのとき、防衛司令部から、短い通信が割り込む。
――《現地判断に委任する》
――《最優先事項:市民生存》
――《部隊損耗は、やむなし》
“やむなし”。
その言葉の冷たさに、ヒナタの胸が凍る。
(……部隊損耗って……
それ、私たちのことじゃない……)
◇ ◇ ◇
最前線。
ヴォイドの群れが、明確な“隊列”を組み始めていた。
「……来る」
チサの声が、掠れる。
ヒナタは、深く息を吸い込んだ。
(ユウなら……
こういうとき、どうした……?)
頭に浮かんだのは、あの日の言葉。
――「俺たち、守る側だろ!」
(……そうだね。
でも……)
ヒナタは、静かに答えを出した。
(“守る側”っていうのは……
全員で死ぬことじゃ、ない)
「……チサ」
「……なに」
「撤退の準備、して」
チサの呼吸が、一瞬だけ止まった。
「……え?」
ヒナタは、まっすぐ前を見たまま続ける。
「この宙域、五分以内に持たない。
このまま戦えば……全滅する」
「……でも、コロニーは……!」
「……全部は、守れない」
その言葉を口に出した瞬間、胸の奥が引き裂かれるように痛んだ。
「……三基目の小型コロニー、
エンジン始動、完了してる」
ヒナタの声は、低く、しかし確かだった。
「……そこだけは、必ず逃がす」
チサの瞳が、大きく揺れる。
「……見捨てるの……?」
「……選ぶんだよ」
ヒナタの視界が、にじむ。
「全部を失うより……
一つでも、多く、残す方を」
◇ ◇ ◇
「……了解」
チサは、唇を噛みしめたまま、通信に答えた。
「撤退ルート、確保する……!」
ヒナタは、最後にもう一度、前方の敵群を見る。
(……ここは……
私が……塞ぐ)
「チサ、三分後に最終後退。
それまで、私は前に出る」
「ヒナタ!? それじゃ――」
「小隊長命令」
その言葉に、チサはもう否定できなかった。
◇ ◇ ◇
ヒナタの機体が、単独で前進する。
ヴォイドの群れが、一斉に反応した。
「……来い」
受け流し型。
正面で勝たない戦い。
一体目を逸らす。
二体目を“重ねる”。
(速くならなくていい……
壊れなくていい……)
三体目の衝突で、巨大な爆光が走る。
だが、ヒナタの機体も、限界に近づいていた。
――《左脚部、推進機能停止》
――《外装、臨界》
「……まだ……」
視界が、ちらつく。
(……三分……
まだ、三分……)
◇ ◇ ◇
「ヒナタ……!
コロニー、ワープ圏突入……!」
チサの声が、涙混じりに響く。
「……二基目、離脱……!」
「……三基目……!」
ヒナタは、歯を食いしばった。
(……間に合え……)
最後の斥候級が、ヒナタの正面に迫る。
シールドは、もう展開しない。
「……これで……」
その瞬間。
――《ワープ完了》
チサの叫びが、通信に重なった。
「……三基目、退避成功!!」
(……よかった……)
ヒナタの全身から、力が抜けた。
同時に、ヴォイドの一撃が、機体の側面を貫いた。
――ドォン!!!
視界が、真っ白になる。
◇ ◇ ◇
「ヒナタぁぁぁ!!」
チサの悲鳴。
だが次の瞬間――
――《第二主力艦隊、戦線突破》
――《前方宙域、掃討開始》
無数の砲撃の光が、戦場を塗りつぶした。
ヒナタの機体は、その中を、静かに”後方へ弾かれるように”流されていく。
戦場において、正しい選択はいつも冷たい。
アオイ・ヒナタは今日、“すべてを守らない”という決断を下した。
それは逃げでも、敗北でもない。
限られた時間と命の中で、最も多くを残すための選択だった。
だが、その代償は、確かに彼女の中に深く刻まれている。




