第23話 「負傷者と残された席」
戦場では、誰かが消えたあとにも、時間は止まらない。
空いた席は、自然には埋まらない。
残された者が、そこに座るまで。
アステリア防衛線・臨時医療デッキ。
白い照明の下で、ヒナタはベンチに座ったまま、動けずにいた。
ユウは――生きている。
だが、まだ意識は戻っていない。
(……助かった。
でも……)
その“でも”の先が、言葉にならない。
「ヒナタ……」
隣で、チサが小さく声をかけた。
目が赤く腫れている。
「ユウね……最後まで、笑ってたんだって」
「……え?」
「脱出ポッドが拾われたとき。
“格好ついたか?”って……言ってたらしい」
ヒナタの胸が、きゅっと締めつけられる。
(あの人らしい……)
でも同時に、別の感情が湧き上がってくる。
(……私が、もっと……)
言葉にしようとした瞬間、声は喉で詰まった。
◇ ◇ ◇
医療デッキの奥で、隔壁が開く。
「……アオイ・ヒナタ、ハルノ・チサ」
防衛司令部の士官が、二人を呼んだ。
ブリーフィングルームには、すでに正規部隊の指揮官たちが集まっている。
前方のスクリーンには、まだ赤い警戒表示が残ったままだ。
「――アステリア迎撃戦は、現在も継続中」
重苦しい声。
「敵主力は、外縁宙域で再集結している。
次の波は、今から一時間以内に来る可能性が高い」
ヒナタは、思わず息を呑んだ。
「仮配属第一小隊は、現在、一名が戦闘不能」
“戦闘不能”という言葉の冷たさに、チサの肩が震える。
「……このままでは――部隊が成立しません」
沈黙。
そのとき、一人の指揮官が、ヒナタを真っ直ぐ見た。
「アオイ・ヒナタ。
君は、次の迎撃で――小隊長代理を務めてもらう」
「……え?」
頭が、真っ白になった。
「わ、私が……指揮……?」
「君は、今の戦場で最も冷静に動いていた」
別の指揮官が続ける。
「攻撃ではなく、“塞ぐ動き”を判断し続けたこと。
その結果、いまもコロニーが生きている」
ヒナタの喉が、ひくりと鳴る。
(……私が……守った?)
信じきれない感情と、現実の重さが、同時に押し寄せてくる。
「拒否も可能だ」
最初の士官が、静かに言った。
「だが、志願でなくとも、この宙域は人手不足だ。
誰かが、あの席に座らねばならない」
“あの席”。
ユウが、ついさっきまで座っていた場所。
ヒナタの脳裏に、最後の背中がよぎる。
――「俺たち、守る側だろ!」
(……逃げられない)
「……やります」
ヒナタの声は、震えていた。
それでも、確かに前を向いていた。
「私が……やります」
◇ ◇ ◇
出撃準備デッキ。
チサが、ヒナタのスーツの袖を、ぎゅっと掴む。
「……ヒナタ、無理しないで」
「……無理するよ」
ヒナタは、弱く笑った。
「だって……席、埋めるんでしょ」
「……!」
「でも……“死なない無理”しかしない」
チサは、何も言えなくなり、代わりに強くうなずいた。
◇ ◇ ◇
小隊の編成が、再構築される。
ヒナタが、先頭に立つ配置。
そのすぐ後ろに、チサ。
空いた三つ目の位置には――
まだ、誰もいない。
(ユウ……
ここ……借りるね)
心の中で、そう呟く。
だが、その代わり、別の感情が静かに芽生えていた。
(……帰ってきたとき、
“席、守ってた”って言えるように)
カタパルトが、ゆっくりと起動する。
「アステリア防衛線・再出撃部隊。
発進準備、完了」
ヒナタは、操縦桿を握る手に、力を込めた。
以前のような、震えはなかった。
(私は、まだ速くも強くもない)
だが――
(だからこそ……
“誰も越えさせない場所”に、立つ)
「仮配属第一小隊、再出撃!」
その声は、確かに“指揮官の声”だった。
戦場では、誰かが倒れた瞬間、その席は空白になる。
だが、空いた席は自然には消えない。
誰かが、そこに座るまで。
アオイ・ヒナタは今日、初めて“守る側の最前列”に立った。
それは、強さではなく、覚悟によって埋められた席だった。




