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トップを越えろ!  作者: たむ


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第2話「シミュレーター大破! 宇宙に放り出される女」

警報が鳴り響いたのは、ヒナタがようやく「ここに居ていい」と思えた、その直後だった。

恒星を喰らう敵か、それとも――ただの訓練か。

落ちこぼれ候補生・アオイ・ヒナタの、**初めての“宇宙体験”**が、少しセクシーで、かなり情けなくて、それでも熱血全開で幕を開ける。

 赤い警報灯が、ブリーフィングルームの天井でくるくると回っていた。


 ――『全候補生に告ぐ。これより緊急対応訓練プログラム“レッド・アラート01”を開始する。

   繰り返す、これは訓練である』


「……訓練、ですか」


 胸の鼓動を必死で落ち着かせながら、ヒナタは小さく息を吐いた。

 隣で肩をすくめているのは、同じクラスの男子候補生、タチバナ・ユウだ。


「なーんだ、本番じゃないのか。ちょっとガッカリ」

「ど、どこが“なーんだ”なんですか!? 本番だったら死んじゃうかもしれないんですよ!?」

「そういうスリルがさあ――」

「タチバナ、口を閉じろ」


 キリサキ教官の低い一喝に、タチバナがぴしっと背筋を伸ばす。

 キリサキは全員を冷たい視線で見渡し、手に持った端末を軽く操作した。


「今から貴様らには、“外縁セクターにおける初動対応”の仮想訓練を受けてもらう。

 感応リンクスーツを装着し、各自配属された訓練用ポッドに入れ」


「か、感応リンクスーツ……!」


 ヒナタの胸が、別の意味でもドキドキし始めた。

 それは、パイロットの神経信号を増幅し、感応兵装――人型兵器ヴァルキュリアと同期するための特殊スーツ。


 そして同時に、とんでもなく身体のラインが出ると噂のスーツでもある。


(や、やだなあ……あのぴっちりするやつ……お腹とか、太ももとか……)


 女子候補生たちが小声で囁き合う。


「またあのスーツかぁ……」

「ちょっと痩せとけばよかった……」

「昨日のお菓子、無かったことにならないかな……」


 そんな中で、ひときわ堂々とした声が響いた。


「文句を言うな。身体のラインがどうこうより、動けるかどうかが問題だ」


 声の主は、金色の髪をポニーテールに結い上げた少女だった。

 整った顔立ちに、切れ長の瞳。

 胸元に輝く感応適性Aランクバッジ。


 ――ミサキ・レイナ。クラスのエリートにして、ヒナタの“勝手にライバル視している相手”である。


(うう、やっぱりカッコいい……そしてスタイルいい……! 負けたくない……色々と……!)


 ヒナタが胸の前でこっそり握り拳を作っていると、キリサキの声が飛ぶ。


「アオイ、何をぼうっとしている。

 貴様は本日より、“特別課題対象者”だ。真っ先に準備しろ」


「は、はいっ!」


 ヒナタは慌てて敬礼し、そのまま更衣室へと駆け出した。


◇ ◇ ◇


「うわああああああ……やっぱり、ぴっちりだぁぁぁ……」


 女子更衣室の鏡の前に立ち、ヒナタは自分の姿を見て頭を抱えた。


 全身を覆う黒と紺の感応リンクスーツ。

 生地自体は分厚く丈夫だが、動きやすさを優先するためか、身体の曲線にぴったりと密着している。

 特に腰から太ももにかけてのラインが、普段よりもはっきりわかってしまうのが恥ずかしい。


「ヒナタ、そのお腹のへこませ方、不自然すぎ」


 斜め後ろからあきれた声が飛んできた。

 振り向くと、そこには同室の友人である少女、ハルノ・チサが腕を組んで立っていた。


「べ、別にへこませてなんかないよ!?」

「めちゃくちゃ力入ってるでしょ。顔真っ赤だし」

「だって……! こんな、ライン出るんだもん……!

 ミサキさんとか絶対似合うのに、私だけ“むにっ”って感じで……!」


 ヒナタが自分の腰回りをそっとつまんで嘆いていると、チサはため息をついて、ぽん、とヒナタの背中を叩いた。


「いいじゃん、ヒナタはヒナタらしくて。

 それにさ――教官、絶対そんなの気にしないよ。あの人、筋肉と戦闘データしか見てなさそうだし」

「そ、そうかな……」

「そうそう。むしろ気にするのは、同じ女子の方よ。……ほら、あの金髪さんとかね」


 チサが顎で指した先、ミサキ・レイナは自分のスーツの袖を整えながら、鏡越しに一瞬こちらを見た。

 そして、ほんのわずか、唇の端を上げる。


「ふん……。スーツに着られてるようでは、トップどころか、周回遅れね」


「な、なんですってー!?」

「ヒナタ落ち着け。ここでケンカしたら、本番前に教官に殺される」


 チサに両肩をつかまれ、ヒナタはどうにか深呼吸をした。


(よし……よしっ……! 見てろよミサキさん。

 たしかに私は、見た目も才能も“トップクラス”じゃないけど――

 “トップを越える根性”なら、負けないんだから!!)


◇ ◇ ◇


 訓練区画には、円筒形のポッドがずらりと並んでいた。

 一つ一つが感応シミュレーターであり、内部は擬似的なコックピットになっている。


「これより、“レッド・アラート01”訓練を開始する」


 キリサキ教官が前に立ち、簡潔に説明する。


「貴様らは、外縁セクターの監視任務中に未確認反応を感知。

 その後の初動対応――回避、交渉、攻撃、撤退までを、各自判断で行う。

 これは単なる操縦訓練ではない。**“生き残るための頭の使い方”**を試す模擬戦だ」


 候補生たちの表情が引き締まる。

 ヒナタもポッドのハッチに手をかけ、ぐっと拳を握った。


「アオイ・ヒナタ」


 名前を呼ばれて振り向くと、キリサキがじっとこちらを見ていた。


「きょ、教官?」

「貴様の特別課題だが――本プログラム中、シミュレーターの安全限界値を二十パーセント上げておく」

「……はい?」

「簡単に言えば、他の候補生よりも“痛い思いをする”ということだ」

「えええええええええ!?」

「安心しろ。死にはしない。多分な」


 笑っているのか本気なのかわからない口調でそう言うと、キリサキはくるりと背を向けた。


「文句があるなら、今のうちに一般の整備工に戻るといい」

「……!」


 ヒナタはギュッとスーツの胸元を掴み、ぷるぷると震えた。


「い、いりません! 一般の整備工には戻りません!

 “痛い思い”くらい、いくらでもしてやります!」

「よし。その意気だけは買う。――乗れ」


 キリサキの言葉に背を押されるようにして、ヒナタはポッドの中へ滑り込んだ。


◇ ◇ ◇


 内部は薄暗く、柔らかなシートに身体が包み込まれる。

 頭部にはめるインターフェース、両手で握る感応コントローラー、足元のペダル。


 ヒナタは深呼吸し、ヘルメットをかぶった。


「リンクスーツ、接続開始。――アオイ・ヒナタ、準備完了です!」


 耳の中に、機械的な女性の声が響く。


 ――《パイロット生体データ確認。感応インターフェース起動。

    同期対象――訓練用ヴァルキュリアユニットZ−TR03》


 視界が白くはじけ、次の瞬間、ヒナタの前には無数の光るパネルと、広大な宇宙空間が広がっていた。


「うわぁ……!」


 真っ黒な空に散りばめられた星々。

 眼下に浮かぶ訓練用コロニー。

 その外側に、青白く輝く気体惑星。


 ――これが、擬似とはいえ“自分の操縦する機体から見る宇宙”だ。


「ヒナタ、感動してる場合じゃないわよー」


 通信回線から、チサの声が入ってきた。

 どうやら彼女も隣のポッドで接続しているらしい。


「こっちはもう初期配置についたから。ヒナタも座標A−3に移動して」

「りょ、了解!」


 ヒナタはわたわたとパネルに手を伸ばし、スロットルバーを前に押し込んだ。


 ――が、その瞬間。


「うわあああああああああああああ!!!?」


 景色が一気に流れ、ヒナタの身体がシートに押し付けられる。

 急加速による疑似Gが、増幅された感覚として全身を襲った。


「ちょ、ちょちょちょ待って待って待ってぇぇぇぇ!!」

「ちょっとヒナタ!? 速度出しすぎ! それフルスロットルだから!」

「し、知らなかったのぉぉぉ!?」


 慌ててスロットルを引き戻すと、今度は逆方向にGがかかって、ヒナタの体がふわりと浮いた。

 スーツの中で、汗が揺れる。


「アオイ・ヒナタ、速度制御が乱れている。落ち着け」


 キリサキの冷静な声が、直通回線で入る。


「は、はいぃ……! でも、なんか、体が勝手に……!」

「それが“感応”だ。貴様の動揺は、そのまま機体の挙動に反映される。

 ――心を静かにしろ。目の前の星を、一つだけ見るんだ」


「星を……ひとつ……」


 ヒナタは息を整え、前方の視界にぽつんと輝く一つの星を見据えた。

 さっきまで荒ぶっていた機体の揺れが、少しずつ落ち着いていく。


(そうだ……落ち着け、私。

 遺伝子も才能もなくても――“落ち着くくらいはできる”!)


「よし。そのまま、座標A−3へ、ゆっくり進め」


 キリサキの指示に従い、どうにか指定ポイントにたどり着いたそのとき――


 ――《未確認エネルギー反応、接近中》


「えっ」


 視界の端に、赤い警告マーカーがぽつんと現れた。

 それは小さな点として現れ、みるみるうちに大きくなっていく。


「ヒナタ、来るよ! 訓練用ターゲットだと思うけど、ちゃんと避けて!」

「よ、よけるって、どうやって――」


 どん、と衝撃。

 想定より早く接近してきたターゲットと、ヒナタの訓練機の翼がかすった。


「きゃあああああ!!」


 激しい回転。

 星々がぐるぐると渦を巻く。

 Gの変化が、増幅されてヒナタの身体を右へ左へと振り回す。


「アオイ・ヒナタ!! スラスター逆噴射! 姿勢制御!」

「む、無理ですぅぅぅぅ!!」


 悲鳴とともに、ヒナタの訓練用ヴァルキュリアは宇宙空間をスピンしながら吹き飛んでいった。


 ――《警告、擬似装甲限界突破まで5、4、3――》


「ま、待って!? まだ何もちゃんとやってないのに!?

 ちょっと、本当に大破とかしないでぇぇぇ!!」


 必死に操縦桿を握りしめる手が汗で滑る。

 スーツの中で、冷や汗と熱い汗が混ざり合う。


(落ち着け……落ち着けってば、私……!

 星を一つ見るんだよね!? どの星!? どれでもいいの!?)


 視界を流れる光の渦の中で、ヒナタは必死に一点を見定めようとする。


 ――《2、1――》


「ええええええええいっ!! 止まれぇぇぇぇぇ!!」


 叫びと同時に、ヒナタは本能のまま、ありったけの感情をスロットルに叩きつけた。


 次の瞬間。


 視界が、真っ白にはじけ飛んだ。


◇ ◇ ◇


「……っは、はぁっ!? え……?」


 気がつくと、ヒナタはポッドの中で仰向けになっていた。

 ハッチが強制開放され、外から冷たい空気が流れ込んでくる。


「アオイ! 大丈夫!?」

「ヒナタ、大丈夫!?」


 駆け寄ってきたチサとタチバナが、心配そうに覗き込む。

 ヒナタはふらふらと上半身を起こし、自分のスーツを見下ろした。


 ところどころに青い発光ラインのようなものが走り、胸元には“オーバードライブ”の文字がちらちらと残像として点滅している。


「な、なにこれ……」


 そこへ、ゆっくりと足音が近づいてきた。

 キリサキ教官だ。


「――シミュレーター、大破」


 端末を確認しながら、低くつぶやく。


「本来の安全限界値を超えた感応出力。

 訓練機ヴァルキュリアユニットZ−TR03、機体フレーム損傷率九十二パーセント。

 パイロット生体ダメージ……ほぼゼロ」


「えっ、ゼロ?」


 ヒナタはぽかんと口を開けた。


「痛い思いするって言ってましたよね!? そんなに痛くないんですけど!?」

「……予想外だ」


 キリサキは、ヒナタのヘルメット越しに、その瞳をまじまじと見つめた。


「普通なら、今の出力値では意識を失っていてもおかしくない。

 出力制御は壊滅的だが――耐久性だけは、異常だな」


「た、耐久性……?」


「やっぱりねー。ヒナタって、シミュレーションでもなかなか気絶しないもんね。

 この間なんて、三回連続クラッシュしてもケロっとしてたし」

「ちょ、チサ、それ言わなくていいから!? 恥ずかしいから!?」


 周囲からくすくすと笑い声が漏れる。

 ミサキ・レイナは腕を組んだまま、ふん、と鼻を鳴らした。


「出力だけ上げて制御できてないなんて、ただの猪じゃない。

 そんなのが“トップを越える”なんて、笑わせないで」


「うっ……!」


 図星すぎて何も言い返せない。

 だが、そのときキリサキが、わずかに口元を歪めた。


「――だが、“猪”も使い方によっては強力な兵器になる」


「え」


「アオイ・ヒナタ。

 貴様の特別課題を、今変更する」


 全員の視線がヒナタに集まる。


「本日より貴様は、“オーバードライブ特化型パイロット候補”として扱う。

 制御不能な領域の出力を、意図的に、短時間だけ解放しろ。

 その代わり――」


 キリサキはすっと身をかがめ、ヒナタの耳元に顔を近づけた。

 ヘルメット越しとはいえ、距離が近くてヒナタの顔が真っ赤になる。


「制御できなかった瞬間、即訓練資格剥奪だ」


「ひ、ひえええええええっ!? 急にプレッシャーがぁぁぁ!!」


 悲鳴をあげるヒナタを見て、チサとタチバナが大笑いする。

 ミサキは小さく肩をすくめたものの、その瞳の奥には、先ほどとは違う光が宿っていた。


(この子……ただの落ちこぼれじゃない。

 “何か”を持ってる――それだけは、認めざるを得ないわね)


 そのとき、再び非常スピーカーが鳴り響いた。


 ――『追告。“レッド・アラート01”訓練は第一フェーズ終了。

    第二フェーズ、“対未知反応模擬戦”に移行する』


「……続き、みたいですね」


 チサが苦笑まじりに呟く。


 ヒナタは、まだ少しだけ震える膝を叩いて立ち上がった。


「よし……! シミュレーター壊したくらいでへこたれてたら、“トップ”どころか“端っこ”にも行けないしね!」


 感応リンクスーツの胸元をぎゅっと掴み、空になったポッドを振り返る。


(私の“宇宙”は、まだ始まったばかり。

 シミュレーターなんて何台でも壊して――

 いつか、“本物の星の海”で戦えるようになってやるんだから!)


 その熱血だけは、誰よりも“トップクラス”だった。


 ――そして、この日、候補生アオイ・ヒナタは、

 教官たちの間で**「シミュレーターキラー」**という不名誉な二つ名を授かることになるのだった。

制御できない力は、まだ“武器”とは呼べない。

アオイ・ヒナタはその不完全な輝きを、初めて自分の中に見つけた。

壊してしまったのは機体だけではない。

これまで信じてきた“常識”そのものだ。

恐れと興奮を胸に、少女はまだ知らない――この力が、銀河の運命を揺らすことを。

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