第19話 「底辺ルート最終関門! 生存率三割の実地演習」
勝つための訓練は、いずれ終わる。
だが、生き残るための訓練に、終わりはない。
少女たちは今、“選ばれる前”の最後の関門に立たされる。
全訓練校に、非常ベルに似た低音が鳴り響いた。
「――全候補生に告げる。
これより、底辺ルート最終関門《実地生存演習》を開始する」
その宣告に、底辺ルートの候補生たちの表情が、一斉に強張った。
「……来た」
「生存率、三割……だっけ」
「七割は……脱落……」
ヒナタは、拳をぎゅっと握りしめた。
(ここを越えなきゃ……
本当のスタートラインに、立てない)
◇ ◇ ◇
演習宙域は、巨大なデブリ帯に囲まれた疑似戦場。
視界は悪く、通信は断続的。
味方の位置すら、完全には把握できない。
「ルールは単純だ」
キリサキの声が、ブリーフィングルームに響く。
「八時間、生き残れ。
撃墜数は評価対象外。
“生存した者だけ”が、次の段階へ進む」
「……チームは?」
「存在しない。
全員、単独行動だ」
ざわっ、と空気が揺れた。
(……単独。
助けも、連携も、期待できないってこと……)
「アオイ・ヒナタ」
「……はい」
「貴様は、“受け流し型”で行け」
キリサキは、短く言い切った。
「戦うな。
“生き残れ”」
「……はい」
◇ ◇ ◇
射出カタパルト。
「ヒナタ……! 絶対、戻ってきてね!」
「八時間後、食堂で会おう!」
チサとユウの声が、通信に重なる。
「……約束です」
次の瞬間、ヒナタの機体は、激流のような宙域へと放り出された。
◇ ◇ ◇
【開始一時間】
デブリの影に身を潜め、感応出力は最低限。
(来ないで……来ないで……)
だが、敵役の自動迎撃ドローンは、容赦なく索敵してくる。
(……見つかった)
二機、接近。
(逃げるだけじゃ……追いつかれる)
ヒナタは、深呼吸した。
(追わない。
競らない。
来たところで……受ける)
一機が突っ込んでくる。
ヒナタは、機体をわずかに傾ける。
――ドンッ!!
ドローンは、後方のデブリへ激突。
二機目は、その爆発に巻き込まれ、制御不能。
「……通った」
胸が、静かに高鳴る。
◇ ◇ ◇
【開始三時間】
既に、あちこちで撃墜の光が走っていた。
「くそっ……!」
「やられ……!」
断続的に流れる、他者の脱落信号。
(七割……ここで……)
ヒナタは、震える指で操縦桿を握り直す。
(私は……生き残るんだ)
◇ ◇ ◇
【開始五時間】
燃料残量、すでに半分以下。
追い詰められ、無人宙域へ誘い込まれる。
前方には、三機編成の迎撃ドローン。
「……三機……」
(正面からは、無理)
ヒナタは、あえて背中を見せ、逃走。
敵は追ってくる。
(来る……
来て……)
巨大デブリの狭い隙間へと誘導。
一機目が突っ込む。
――ドン!!
二機目が回避しきれず、側面衝突。
三機目が減速した、その“間”に――
――ドォン!!
最後の一撃が、命中する。
「……全部、使わせてもらった」
息が、震える。
◇ ◇ ◇
【開始七時間】
残り一時間。
ヒナタの機体は、すでに満身創痍だった。
右脚の推進に異常。
センサーの一部が沈黙。
「……ここまで来たのに……」
(ここで……落ちたら……)
そのとき。
背後から、高速反応。
「……最後の刺客、来た……」
大型迎撃ドローン。
これまでの敵とは、桁が違う。
(逃げきれない……
掠ったら、終わる……)
ヒナタの心臓が、大きく跳ねる。
恐怖。
逃走本能。
オーバードライブへの衝動。
――《警告:感情振幅上昇》
だが。
「……出さない」
ヒナタは、歯を食いしばった。
「今日は……
“速くなる日”じゃない……!」
大型ドローンが、一直線に突っ込んでくる。
ヒナタは、その巨大な影を真正面から受け止める角度に、機体を静かに合わせた。
「……来いっ」
最後の瞬間、
ほんの数度だけ、機体をひねる。
――ズドォォンッ!!
大型ドローンは、ヒナタの機体をかすめ、
そのまま背後の超巨大デブリへと激突した。
大爆発。
衝撃波に吹き飛ばされながらも、ヒナタの機体は――壊れなかった。
◇ ◇ ◇
【開始八時間】
――《演習、終了》
静かなアナウンスが、宙域に響きわたる。
「……終わった……?」
ヒナタは、しばらく呆然としてから、深く息を吐いた。
「……生きてる……」
帰還信号に従い、ゆっくりと旋回する。
視界の隅に、次々と“帰還に成功した機体”が表示される。
その数は――予想されていた三割、ぎりぎり。
◇ ◇ ◇
帰還後。
機体から降りたヒナタは、足が震えて、すぐには立てなかった。
「ヒナタ!!」
チサとユウが、泣きそうな顔で駆け寄ってくる。
「……戻ってきたよ」
それだけ言うのが、精いっぱいだった。
少し離れた場所で、ミサキが腕を組んで見ている。
「……生き残ったか」
ユズハが、静かに言った。
「しかも、“戦わないで”。
やっぱり、厄介だね……ヒナタ」
最後に、キリサキが前へ出る。
「――底辺ルート実地生存演習。
生存者のみ、次段階への進級を認める」
ヒナタの名も、その中に、確かに含まれていた。
その瞬間――
膝の震えが、ようやく止まった。
勝ったわけでも、強くなったわけでもない。
それでもアオイ・ヒナタは、生き残った。
正面からぶつからず、競わず、速さにも頼らず、ただ“間”を信じて。
それはまぎれもなく、彼女だけの戦い方だった。
最弱だった少女は今日、“最も折れにくい存在”へと一段、近づいた。




