表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トップを越えろ!  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/43

第17話 「再起動――それでも、私はここにいる」

止まった時間は、戻らない。

泣いた夜も、壊れた心も、なかったことにはならない。

それでも朝は来る。

少女が立ち上がるかどうかとは、関係なく。

 目を覚ましたとき、ヒナタはしばらく自分がどこにいるのか分からなかった。


 白い天井。

 規則正しく点滅する小さなランプ。


(……医療ブロック……)


 全身が、ひどく重かった。

 筋肉痛と、昨日までの疲労と、そして――心の中に残った、鈍い痛み。


(……泣いたんだ、私)


 旧式区画で、ひとりで。

 情けない声を出して。

 立ち上がれないほど、悔しくて。


 思い出した瞬間、胸の奥が、また少しだけきしんだ。


「……起きてる?」


 カーテンの向こうから、控えめな声。


「……チサ」


 カーテンが開き、チサがそっと顔をのぞかせた。


「よかった……。

 朝の点呼、ギリギリ間に合うって」


「……点呼」


 ヒナタは、ベッドの端に手をつき、ゆっくりと体を起こした。


「……今日は、休んでもいいって言われてない?」


「言われてないね」

「だよね……」


 少し安心した自分に、ヒナタは苦笑した。


(逃げ道、用意されてないんだ……)


◇ ◇ ◇


 訓練場。


 いつもと変わらない整列。

 いつもと変わらない朝の点呼。


 けれど、ヒナタの中では、すべてが少しだけ違って見えていた。


「――アオイ・ヒナタ」


 キリサキ教官の声が、名を呼ぶ。


「……はい」


「本日より、貴様は“底辺ルート・再調整フェーズ”へ移行する」


 周囲が、ざわつく。


「再調整……?」

「……降格、みたいなもの?」


 ヒナタの心臓が、一度だけ強く打った。


(やっぱり……落とされる、よね)


「出力、判断、感応反応。

 すべての基礎値を、もう一度ゼロ基準で組み直す」


 キリサキは、ヒナタだけを見て、続けた。


「理由は一つだ。

 貴様は――“折れたまま戦う癖”がついた」


(……ばれてる)


「泣くなとは言わん。

 だが、“泣いたまま前に出る”のは、一番危険だ」


「……はい」


「まずは、“立っているだけの自分”に戻れ」


 その言葉は、厳しかったが、不思議と拒絶には聞こえなかった。


◇ ◇ ◇


 再調整フェーズ初日。


 ヒナタに与えられたのは――訓練用ヴァルキュリアにも乗らない、完全な徒歩訓練だった。


「……宇宙パイロットの訓練で、徒歩って……」


 ヒナタは、小さく呟きながら、広大な演習フィールドを走らされていた。


「走れ。

 息が上がった状態で、周囲を見ろ」


「は、はいっ……!」


 視界が揺れる。

 呼吸が乱れる。

 脚が重い。


(また……できないことばっかり……)


 だが、そのとき。


「――止まれ」


 キリサキの声。


 ヒナタは、よろめきながら立ち止まった。


「今、何が聞こえる」


「……え?」


「心臓か。

 それとも、風か」


 ヒナタは、乱れた呼吸の向こうに耳を澄ませた。


「……風、です」


「そうだ」


 キリサキは、短く言った。


「昨日までは、貴様は“自分の音”しか聞いていなかった」


 ヒナタは、はっとする。


(心臓の音……

 焦りの音……

 怖さの音……)


「それが聞こえているうちは、戦場は見えん」


 キリサキは、背を向けた。


「走れ。

 “世界の音”が、自然に戻るまで」


◇ ◇ ◇


 夕方。


 ヒナタは、すっかりへとへとになって、訓練場の端にしゃがみこんでいた。


「……もう……動けません……」


 そこへ、ユズハがスポーツドリンクのボトルを放ってよこす。


「はい。生存補給」

「……ありがとうございます……」


 一気に飲み干すと、少しだけ視界がはっきりした。


「……昨日さ、ヒナタ」


 ユズハが、ぽつりと切り出す。


「“越えられない”って、言ってたでしょ」

「……言いました」


「でもさ」


 ユズハは、ヒナタを真っ直ぐ見た。


「越えられないなら、避ければいいんだよ」

「……え?」


「正面からぶつかるだけが、“越える”じゃない。

 回り道でも、時間がかかっても、

 先に“違う景色”に立てば、それはもう越えてる」


 ヒナタは、その言葉を、ゆっくりとかみしめる。


(……回り道……)


「ヒナタはね」


 ユズハは、少しだけ笑った。


「最短ルートじゃない。

 でも、“折れない最長ルート”を選び続けてる。

 それ、めちゃくちゃ厄介だよ」


 ヒナタは、思わず小さく笑った。


「……褒めて、ます?」


「最高に」


◇ ◇ ◇


 夜。


 ヒナタは、旧式区画の鉄塊の前にいなかった。


 代わりに、訓練場の端で、ひとり、ゆっくりと深呼吸していた。


(……今日は、押さなかった)


 でも、不思議と、不安は少なかった。


(泣いても、負けても、折れても……

 私は、ちゃんとここに戻ってきた)


 それだけで、今は十分だった。


 遠くで、星明りが訓練校の外壁を照らしている。


 ヒナタは、胸に手を当て、小さく呟いた。


「……それでも、私は……

 ここに、いる」


 その言葉は、決意というより、確認に近かった。

泣いた翌朝も、世界は何も変わらずに動き出す。

アオイ・ヒナタは、壊れた心を抱えたまま、それでも再び整列した。

立ち直ったわけじゃない。

強くなったわけでもない。

ただ――戻ってきた。

それだけで、この日は「再起動」と呼ぶに足る一日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ