第15話 「圧倒的絶望! エリート代表シキ・クロウ」
勝敗が見えている戦いほど、人の心を削るものはない。
それでも立つ理由がある者だけが、そこに名前を刻む。
少女は今、越えるにはあまりにも高すぎる壁の前に立たされていた。
トーナメント第一試合。
底辺ルート代表――アオイ・ヒナタ。
対するは、中央クラス代表――シキ・クロウ。
フィールド中央で、二機の訓練用ヴァルキュリアが向かい合う。
「……あれが、中央代表……」
観測席のチサが、思わず息を呑んだ。
シキ・クロウの機体は、動いていないのに“完成された静けさ”をまとっている。
無駄な揺れが一切なく、まるで最初からこの戦場に溶け込んでいるかのようだった。
「……ヒナタ、飲まれるなよ……」
ユウの声も、固い。
ヒナタは操縦桿を握りながら、深く息を吸った。
(相手は、中央代表。
負けるのは……当然。
でも)
キリサキの言葉が、胸に残っている。
――「負けていい。だが、“壊れるな”」
(壊れなければ……
まだ、終わりじゃない)
開始カウントが入る。
――3、2、1。
◇ ◇ ◇
最初の一動で、すべての格が違うと分かった。
シキは、いきなり踏み込まなかった。
ヒナタの機体が動き出す“前”に、すでに滑るように距離を詰めていた。
(……速い!?)
ヒナタが回避しようとした瞬間、すでに死角を取られていた。
――ドンッ!!
初撃が、ヒナタの左肩を正確に打ち抜く。
――《左肩部、擬似破損》
「っ……!」
(避けたはずなのに……!?)
違う。
“避ける前提の場所”を、最初から読まれていた。
「ヒナタ、下がって!」
観測席のチサの叫びも、届かない。
シキは、無駄な追撃をしなかった。
じわり、じわりと、距離だけを詰めてくる。
(来る……来る……!)
ヒナタは焦って後退する。
だが、その動きすら――
「……遅い」
低く、静かな声。
次の瞬間、シキの機体が**“瞬間移動したかのように”目前へ出現**した。
――ズガァン!!
正面からの一撃。
――《胸部装甲、耐久四十五パーセント低下》
「くっ……!」
反撃しようにも、距離も、角度も、すべて塞がれている。
(当てられない……
それ以前に……動かせない……)
◇ ◇ ◇
観測席。
「……次元が違うわね」
ミサキが、静かに呟いた。
「上手い、とか速い、とかじゃない。
“戦い方そのものが、もう別の段階”」
ユズハも、腕を組んだままフィールドを見つめている。
「うん……
シキ・クロウは、“勝つために戦ってない”。
“崩すために戦ってる”」
◇ ◇ ◇
フィールドでは、ヒナタの機体が完全に追い詰められていた。
左肩、胸部、右脚。
すでに三か所が擬似破損。
(これ以上……受けたら……)
心拍が跳ね上がる。
胸が熱くなる。
(だめ……今は……
オーバードライブは……)
だが、恐怖が、感情の振幅を強引に引き上げる。
――《警告:感情振幅上昇》
――《オーバードライブ兆候、発生》
「……っ!」
ヒナタの機体が、白く光りかけた。
その瞬間。
「――それを、待っていた」
シキの声が、はっきりと響いた。
次の刹那、
ヒナタがオーバードライブに入る“瞬間の癖”を正確に突く蹴りが、腹部に叩き込まれる。
――ドォン!!!
――《腹部装甲、耐久ゼロ》
――《機体、強制停止》
光は、完全に消えた。
◇ ◇ ◇
「……勝者、シキ・クロウ」
無情なアナウンス。
ヒナタの視界は、真っ暗だった。
ポッド内で、震える指が、操縦桿から滑り落ちる。
(……完敗……)
技術でも、感覚でも、力でもない。
**“すべてにおいて、届かなかった”**という事実だけが、重く残った。
◇ ◇ ◇
ポッドが開き、ヒナタは自力で降りた。
だが、足が一歩、もつれた。
「ヒナタ!!」
チサが駆け寄り、支える。
「……ごめん……ぜんぜん……歯、立たなかった……」
キリサキは、何も言わずに見ていた。
シキは、フィールドの端でヒナタを見下ろし、短く告げる。
「……君は、壊れなかった」
「……え?」
「さっきの蹴り。
あれを受けた直後、普通は“折れる”。
だが、君は折れていない」
それだけ言うと、背を向けた。
ミサキが、ゆっくりとヒナタの前に立つ。
「……今のは、誰が相手でも負けてたわ」
「ミサキさん……」
「でも」
ミサキは、はっきりと言った。
「あなたが“入口”にいることだけは、否定できなくなった」
ヒナタは、唇を噛みしめ、うつむいた。
(負けた……
負けたのに……
まだ……終わってない、って言われてる)
拳が、無意識に握られる。
圧倒的な差は、ときに希望よりも残酷な形で突きつけられる。
アオイ・ヒナタは今日、“努力だけでは届かない領域”の存在を知った。
だが同時に、彼女は壊れなかった。
敗北は、終わりではなく、限界の“輪郭”を教えただけだった。
少女の戦いは、ここからさらに厳しさを増していく。




